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「パワハラをしたくてしている人はいない」<br>〜私が体験してきたハラスメントの真実〜

「パワハラをしたくてしている人はいない」
〜私が体験してきたハラスメントの真実〜

私はハラスメントの「被害者」だった

芸能界にいた頃、パワハラとセクハラは日常でした。
「〇ね」「次のオーディションで落ちたらクビ」「売れていない女優は無料キャバ嬢だから呼んだら来い」
現場でそんな言葉をかけられることは珍しくありませんでした。
好きでこの世界に入ったのだから、これくらい耐えなければ。そう思って、自分の気持ちに蓋をしてきました。

今思えば、明らかにハラスメントだったと言える場面がいくつもあります。でも当時の私には、それがハラスメントだという認識すらありませんでした。
皆当たり前のように受けている言葉であり、それが当たり前の環境だったので、「厳しい業界だから」「実力がないから言われるんだ」と、受け取る側が自分を責めてしまう事の方が多かったような気がします。

最初はこんなこと言われるなんて!と憤りも感じていましたが、だんだん慣れてきていました。これもハラスメントの怖いところです。
そしてもう一つ、告白しなければならないことがあります。
私は、ハラスメントの「加害者」になりかけた人間でもあります。

私はハラスメントの「加害者?」だった

社労士事務所で働き始めた頃の私は、いま振り返ると、人に対して怒りすぎていました。もちろん、自分では「ただ一生懸命仕事をしているだけ」だと思っていました。
きっかけは、初めて部下を持ったことでした。
それまで私は、人に仕事を教えた経験がありませんでした。自分にとって当たり前にできることを基準にしていたので、「できない=やる気がない」と、どこかで思っていたのです。

最初は、かなり丁寧に教えていました。そんなある日、その部下にこう言われました。
「私の仕事が終わっているかどうか、ゆうきさんチェックしなくていいんですか?」
その言葉を聞いた瞬間、私は気づきました。手取り足取り教えすぎることは、相手の主体性を奪ってしまうのだと。
そこから私は、「厳しくしなければ」と考えるようになりました。


けれど、その厳しさは、次第に“指導”ではなく、“人間否定”に近いものになっていったのだと思います。

クライアントのため。
スタッフのため。
会社を良くするため。

とにかく必死でした。でも今なら分かります。私は「一生懸命であること」を免罪符にして、感情のまま人に向かっていたのだと。

ある日、一人のスタッフが退職しました。
去り際に言われた言葉が、今でも忘れられません。
「やさしくされたり、きつくされたり、頭がおかしくなる。」
本当にショックでした。
私はスタッフを大切に思っていましたし、厳しくしていたのも「成長してほしい」という気持ちからでした。

でも、相手にはそう伝わっていなかった。そのとき初めて気づいたのです。
どれだけ正しい目的があっても、相手を傷つけてしまったなら、その伝え方には問題があるのだと。
私は、被害者の気持ちを知っているつもりでした。
それなのに、気づけば自分が加害者側に立っていたのです。

パワハラをしたくてしている人はいない

社労士としてハラスメント研修を行う際、私はいつも最初にこうお伝えしています。
「パワハラをしたくてしている人は、ほとんどいません。」

責任感がある。
相手に成長してほしい。
会社を良くしたい。

そんな思いからの指導が、ある日“ハラスメント”になってしまう。これが現実です。
もちろん、悪質なケースもあります。ただ実際には、「悪意があった」というより、「必死だった」「伝え方を間違えた」というケースも少なくありません。

では、なぜハラスメントはここまで人を傷つけるのでしょうか。
私は、「信頼していた人から傷つけられること」が大きいのだと思っています。
本来、味方だと思っていた上司や同僚。その輪の中で、自分だけが下に置かれているように感じる。居場所がなくなっていく。それが、何より苦しい。

法律上、パワハラは、
「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、労働者の就業環境が害されるもの」
と定義されています。

ただ、実際には「どんな言葉を使ったか」だけで決まるものではありません。
たとえば同じ「給料泥棒」という言葉でも、関係性や状況、伝えた目的によって、パワハラになる場合もあれば、ならない場合もあります。
裁判例を見ても、言葉の内容そのものよりも、その背後にある「目的」や「意図」が重視されています。
だからこそ、私は「どう伝わるか」を大切にしたいと思っています。

「指導」と「感情」を分けること

私が研修でお伝えしている判断の軸が、4つの指標です。
それは、私自身が多くの本や事例を学ぶ中で、「これは本当に大事だ」と感じ、今でも強く意識している4つの指標です。

まず「適正な業務の遂行を目的としているか」。つまり、その言動が会社の目標達成に合理的に関連しているかどうかです。
次に「業務上の合理的な必要性があるか」、そして「叱責だけでなく成長をサポートする姿勢があるか」、最後に「人格攻撃や嘲笑になっていないか」。
この4つを意識することで、自分の指導が「業務改善のため」なのか「感情のはけ口になっていないか」を振り返ることができます。


私自身、過去の経験を経て、ハラスメントについて勉強しました。本を読み、裁判例を調べ、研修にも触れる中で、「指導」と「感情」を分けることの大切さを痛感しました。
私がスタッフに言われたあの言葉は、まさにここが崩れていたのだと思います。
指導の目的は持っていた。でも感情が混じっていた。叱責はあっても、サポートが足りなかった。相手の人格ではなく行動に焦点を当てられていたか、今となっては自信がありません。
指導の目的が「感情の発散」にすり替わってしまったとき、それはもう指導ではなくなります。

研修でもう一つ必ずお伝えすることがあります。
「パワハラ対策のゴールは、パワハラをゼロにすることではありません。」
本当のゴールは、心理的安全性が高く、積極的・自発的で、創意工夫のある、生産性の高い組織をつくることです。
パワハラがなくなることは手段であって、目的ではない。
相手の尊厳を守りながら、具体的な行動に焦点を当てて伝える。感情的な表現を避け、事実と改善点を明確にする。
「伝え方」で、職場の空気はずいぶん変わります。

経験があるから、伝えられること

被害者として傷ついた経験も、加害者になりかけた経験も、今の私にとってはどちらも財産です。両方を経験しているからこそ、研修でリアルに伝えられることがあります。
「パワハラをしたくてしている人はいない」
この言葉も、知識としてではなく、自分自身がそうだったからこそ言えるのだと思います。

もし今、自分の指導がパワハラになっていないか不安な方がいたら、一度だけ言わせてください。
「その言葉は“相手の行動”に向いていますか?それとも“自分の感情”に向いていますか?」
答えが出たとき、きっと次の一歩が見えてきます。

最近は、「厳しく言えない」「注意するとハラスメントになるのでは」と悩む管理職の方も増えています。
ですが、「指導」そのものが悪いわけではありません。むしろ、真剣に向き合い、指導してくれる存在は、とても貴重です。
だからこそ大切なのは、“指導しないこと”ではなく、“ハラスメントにならない指導”を学ぶこと。
必要なのは、「指導をやめること」ではなく、「相手の尊厳を守りながら伝える力」なのだと思います。

感情ではなく、目的を持って。
人格ではなく、行動に向き合って。
相手の成長を本気で願う指導は、きっと人を前に進ませる力になるのだと思います。

奥村 優希
SAKURAOFFICE社会保険労務士法人 https://saku-sr.com/ 代表社員(港オフィス)

奥村 優希

岐阜県出身。9歳でミュージカル『アニー』のケイト役として子役デビューし、約20年間芸能活動を行う。

母である社会保険労務士・奥村広美とともに法人を運営。約8年の社労士実務経験を持ち、人事労務セミナー講師、労務DD、IPO支援などを手がける。2026年4月には「一般社団法人士進会」を設立し、代表理事に就任。

2024年12月には電子書籍『20代開業社労士~人生を変えた社会保険労務士として生きる道~』を出版。「迅速かつ丁寧な対応」をモットーに、社労士業界の活性化に取り組んでいる。
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