こんな疑問を解決します
- 社会保険の適用範囲拡大の詳細について
- 要件となる従業員数の数え方
- 企業や労務担当者が注意すべきこと
一定時間以上働く労働者が加入できる社会保険は、大きく分けて「健康保険」と「厚生年金」に区分されます。
健康保険でなじみのあるものを挙げると、病気や怪我をした際に医療機関を受診し提示する保険証があります。また、厚生年金では老後の年金がイメージしやすいといえます。
今後、日本では社会保険への適用要件を緩和し、より多くの人が加入できるようにする取り組みが進められます。
今回は、2022年10月以降に社会保険の適用拡大によって、生じる影響に焦点をあてて解説します。
こんな疑問を解決します
みのだ社会保険労務士事務所 社会保険労務士
https://www.minodashahorou.com/
大学卒業後、鉄鋼関連の企業に総合職として就職し、その後医療機関人事労務部門に転職。 約13年間人事労務部門で従業員約800名、新規採用者1,000名、退職者600名の労務、社会保険の相談対応にあたる。 社労士資格取得後にみのだ社会保険労務士事務所を開設し、独立。
目次
健康に気をつけて生活をしていても、病気や怪我など自助努力だけでは予防しようのない事故などは誰にでも訪れる可能性があります。
万が一の事故に備えるため、怪我により働けなくなった場合や、介護が必要となった場合の生活保障などを目的に社会保険は整備されています。
たとえば、会社員が加入する社会保険は健康保険と厚生年金が挙げられ、健康保険は最長で74歳まで加入(75歳以降は後期高齢者医療制度)となり、厚生年金は70歳まで加入ができます。
万が一、保険事故(たとえば近年増加傾向である精神疾患)が生じた際には、各被保険者の報酬によって定められた保険料を財源として保険事故に見舞われた被保険者に必要な保険給付がおこなわれます。
健康保険は最長で74歳まで加入できる(75歳以降は後期高齢者医療制度)
厚生年金は70歳まで加入できる
法人企業を例に取ると代表取締役・取締役などの役員や、いわゆる正社員もすべて対象となります。
また、パートやアルバイトであっても概ね週30時間以上働く場合、社会保険の対象者です。
社会保険の対象になることは保険事故が発生した場合に必要な保険給付を受けることが可能となりますが、毎月の給与(または役員報酬)支払時に保険料の支払いが生じます。なお保険料は労使折半とされ、企業が半分を支払う構造となっています。
代表取締役・取締役を含む正社員すべてが対象
パート・アルバイトも概ね週30時間以上働く場合は対象
2019年に統計開始後初めて出生数が90万人を下回り、当分の間、労働力人口減少に歯止めがかからないことが鮮明となりました。
社会保険制度を持続的に運営していくには保険料徴収が絶対的に必要となり、働き手の減少は保険料徴収においてもマイナスと言わざるを得ません。
年金制度を例に取ると我が国の年金制度は「世代間扶養」を採用しており、現役世代が納めた保険料を原資として年金受給者を支える構図となっています。言うまでもなく、旧来より、一人で支える高齢者の数は増加しており、社会保険の適用範囲拡大は我が国の社会保険制度の持続的な運営のためには必要不可欠といえます。
2021年12月執筆時点でもすでに社会保険の適用範囲の拡大(2016年10月など)はおこなわれており、2022年10月以降も複数回の社会保険適用範囲の拡大が予定されています。
現在、週の所定労働時間および月の所定労働時間が正社員の4分の3以上である場合、パートやアルバイトであっても社会保険の対象とされていますが、以下の条件に当てはまる場合も「短時間労働者」として社会保険の対象とされます。
上記の5つの要件すべてにあてはまると社会保険への加入対象者となります。
2022年10月からの改正は2つです。「継続して1年以上雇用見込み」の部分が「継続して2カ月を超えて雇用見込み」に変更され、「501人以上の事業所であること」が、「101人以上の事業所であること」に変更されます。
なお、社会保険の適用範囲拡大は2022年10月以降も予定されており、2024年10月には「101人以上の事業所であること」が「51人以上の事業所であること」に変更される予定です。
2022年10月以降の社会保険の適用範囲拡大の変更点
2024年10月以降の社会保険の適用範囲拡大の変更点
社会保険の適用範囲拡大に伴い、企業や労務担当者は変更内容だけじゃなく、変更に備えた体制を整備しなければなりません。
社会保険の適用範囲拡大により、被保険者数が減ることはなくても増えることが予想されます。
社会保険の性質上、保険料の支払いは労使折半となることから、経営上の観点から「どの程度の従業員が対象となるのか」をあらかじめ把握しておく必要があります。
社会保険料は月々の報酬や賞与と比例することから、年換算すると決して安価とはいえません。
社会保険の適用範囲拡大の要件となる従業員数(101人など)の数え方は、その企業に所属する労働者数ではなく、厚生年金の被保険者(正社員やフルタイム労働者の4分の3以上の労働時間で働くパートなど)のみで数えます。また、人の入れ替わりが激しい事業所の場合、どのタイミングで適用すべきか判断に迷いがちですが、直近12カ月のうち、6カ月で基準を上回った段階で適用となります。また、法人の場合、法人番号が同一の企業を合計して判断されます。
そして、一度適用された場合、その後従業員数が下回ったとしても原則として拡大後のルールが引き続き適用されることとなります。
社会保険は逆選択(本人の都合により加入するか否かを選ぶ)ができません。
労働契約上、要件を満たす契約を結んでいる場合、社会保険への加入義務が生じます。
しかし、従業員によっては、「扶養の範囲内で働きたい」という家庭の事情もあり得ることから、早いタイミングで改正内容を周知し、場合によっては、契約内容の見直しをするなどの選択肢が想定されます。
短期的な部分にのみ着目すると扶養から外れ、社会保険料の負担も生じることから、家計単位では手取り額がマイナスとなる可能性があります。
しかし、社会保険に加入することで、老後の年金増額や、万が一働けなくなった場合に傷病手当金(概ね給与の3分の2)を受けることができ、長期的にプラスにもなり得ることから懇切丁寧に説明することが重要です。
社会保険適用対象となった場合は、正社員同様に「標準報酬月額」に基づき、毎月保険料を徴収する必要があります。
(所得税に着目すると)社会保険料控除後の額に対して月々控除される所得税が決まることから、適用拡大前後で総支給額が変わらない場合、所得税額は低くなることがあります(最終的には年末調整時に適正な納税額が決定)。
万が一適用要件に合致するにもかかわらず、加入できていないパートがいた場合、さかのぼって加入させる必要があり、その分の保険料の納付も必要です。
働き方改革以降、副業兼業者の割合も増えています。
副業先が社会保険の適用外の業務委託契約等の場合、問題は生じませんが、実務上は、いずれか一つの企業を選択する「選択届」を届出します。
今後起こり得る問題はいずれの企業でも「短時間労働者」として、本業先・副業先双方で社会保険の適用対象となった場合、注意が必要です。
保険料の支払いは双方の報酬を合算後に案分することとなりますが、副業先(または本業先)で社会保険に加入中のまま雇用する場合、資格取得後に訂正が生じる場合もあるため、慎重な確認が求められます。
社会保険の適用範囲拡大のみでは、社会保険の持続的な運営が保障されるとまでは言えませんが、被保険者数が増えることで、今後の働き方や、老後の生活設計について考える機会が増えると予想されます。
現在は法律上、原則として60歳を下回る定年が違法とされていますが、定年後も雇用形態を変えるなどして、社会保険に加入しながら働くビジネスパーソンは増加傾向にあります。社会保険の適用範囲拡大を契機に企業としても一個人としても今後の働き方などを見直す必要性が高まっています。