
「悔しくないの?」と言われた日
〜社労士を目指した私の原点〜
「お手伝い」から始めた社労士の仕事
社労士の仕事は、「働く」という人生の核心に関わる仕事です。就業規則を整える、労務トラブルを解決する、職場環境をよくするためのサポート。どれも、そこで働く人たちの毎日に直結しています。
最初は、母が社労士だったから手伝い始めただけでした。
正直、最初はなんの思い入れもありませんでした。
でも仕事をするうちに、じわじわと「やりがい」に気づいていきました。
クライアントから「職場が明るくなった」「スタッフの笑顔が増えた」「優希先生に頼んでよかった」と言ってもらえたとき、この仕事を選んでよかったと心から思います。
「悔しくないの?」と言われた日
岐阜に住んでいた小学1年生のとき、私は名古屋にあるショー・コスギ塾(SKI)という幼児教育塾(英語・演技・テコンドーを通じて人格を育成する幼児教室)に通っていました。
ある日、ショー・コスギ塾でオーディションの話が出ました。発表会ではなく、お客さんにお金を払ってもらう商業舞台に出演できるかもしれない、という機会です。
そのときの私が自信を持って披露できる技といえば、側転くらい。
練習中の他の技もありましたが、失敗しないか不安でした。
「これしかできないし…」という気持ちのまま、側転だけを見せてオーディションに臨みました。
結果は、不合格でした。
名古屋から岐阜に帰る車の中で、母が言いました。
「悔しくないの?挑戦せずに終わったんだから落ちて当然でしょう。どうしてできるかもしれないことに挑戦しなかったの?」
その言葉が、刺さりました。悔しい。
でも同時に、気づいてしまいました。私は挑戦せずに、諦めたんだと。
失敗するのが怖くて諦めた意気地なしだと。
持っているものを全部出さずに、最初から諦めていた。挑戦もせずに落ちたのだから、悔しがる資格もないんだと!
あの日から、私の中に一つの信念が刻まれました。
「やってできるかわからないことでも、挑戦しないほうがダサい。」
しばらくして、2回目のオーディションの機会が来ました。今度は違いました。
バックブリッジも、その他の技も、自分にできることを全部やりました。全力で。
結果は、合格でした。
大勢の中の一役でしたが、本当に嬉しかったです。
あの「悔しくないの?」という言葉がなければ、2回目のオーディションでも同じことをしていたかもしれません。

芸能界で学んだ「仕事のありがたさ」
その後、私は芸能界に入りました。
ミュージカル、ドラマ、映画、舞台、グラビア、モデル、地下アイドル、プロ野球の始球式まで!とにかくなんでもやりました。所ジョージさん司会のNHK「テストの花道」のレギュラーだったこともありますし、イエローハットのCMや3年B組金八先生にも実はレギュラー生徒役で出演していました。
誰も知らない私ですが、地味にコツコツと20年間やっておりました(笑)
ただ、仕事をもらうことは本当に大変でした。
事務所のランクがあり、縁があり、マネージャーとの関係がある。20歳を過ぎた頃から、仕事はほとんどなくなりました。
まわりは美しくて、個性にあふれていて、唯一無二の魅力を持った人たちばかり。
あの頃、私は必死に考え続けていました。どうしたらオーディションの5分間で、自分の魅力を伝えられるだろうか、と。
仕事が来ない悔しさ、同世代がどんどん活躍していくのを見ながら焦る気持ち、「自分には向いていないのかもしれない」と布団の中で思った夜。それでも次の朝には「絶対にあきらめない」と立ち上がれたのは、幼いころの「悔しくないの?」という言葉があったからだと思います。
仕事をもらえない環境にいたからこそ、私には人一倍のガッツが育ちました。「どうせ無理」ではなく「どうすればいけるか」を考える癖が、あの時代に染み込んでいったのです。
「働く」ということへの、こだわり
私の両親は、ふたりともめちゃくちゃ働く人でした。常に仕事が頭にあるような人たちで、私の周りにはそういう人が多かったです。子どもながらに「なんでこんなに働くんだろう」と思ったこともありました。
でも今はわかります。働くということは、人と深く関わることです。そして働かなければ、最低限の暮らしもできない。芸能界にいた頃、やりがい搾取に近い経験もしました。「好きなことをやらせてもらってるんだから」という空気の中で、自分の気持ちに蓋をしていたこともありました。
だからこそ思うのです。やりがいを持って働ける職場って、本当に素晴らしいと。
働くことは、人生そのものです。1日の大半を過ごす場所が、しんどい場所であってほしくない。そこにいる人たちが、笑顔でいてほしい。
社労士という仕事を選んだのも、きっとその延長線上にあります。困っている会社や働く人たちのそばで、一緒に考えて、「一緒に会社を良くしましょう!」と言える仕事がしたかった。諦めずに、寄り添い続けたかった。
社労士試験、3回目の朝
社労士試験には、3回挑戦しました。
試験は午前の選択式と午後の択一式に分かれています。選択式は少し運の要素もある!と言いたいところですが、今思えば試験なのだから運なんてない、普通に努力不足だったと思います。
実際、選択式で1点足りずに2回落ちました。
母からは「択一で落ちるのは努力不足」と言われていました。だから、択一で合格点を下回ることだけは絶対に許されないという気持ちで勉強していました。
3回目の試験当日。午前の選択式が終わったとき、手応えから合格を確信しました。でも午後の択一式に向かいながら、ふと恐怖が押し寄せてきました。
もし択一で落ちたら、母に合わせる顔がない。
それは、母が怖いということではありません。たっぷりの愛情をかけてもらって、時間もお金もかけてもらって、その結果として努力不足で落ちることが、恥ずかしくて、悔しくて、情けなかった。
恩返しをするためには、まず試験に合格しなければ。その一心で、午後の試験に臨みました。そして、自分史上、過去最高得点を出して合格しました。

悔しさは、燃料になる
よく言われる言葉があります。「ありがとうの反対語は、当たり前」。
仕事がある、クライアントがいる、相談してもらえることは全部、当たり前じゃないのです。当たり前だと思い始めたとき、人は惰性に入ります。私はそれが怖い。
だから今も常に、感謝を忘れないようにしようと自分に言い聞かせています。
あのとき母に言われた「悔しくないの?」という言葉は、叱責ではなかったと今は思います。「あなたにはもっとできるはずでしょう」という、愛情だったと思います。
あの一言がなければ、私はずっと「挑戦しないほうが傷つかない」という逃げ道を選び続けていたかもしれません。
悔しさは、ちゃんと向き合えば燃料になります。ガッツになります。「次は絶対に全部出す」という原動力になります。
でも、悔しさを燃料にするためには、まず「悔しい」と正直に感じることが必要です。悔しくないふりをしたり、傷つかないように最初から諦めたりしていると、その感情はどこにも行けずに消えていく。私はそれがもったいないと思っています。
悔しかった経験は、キャリアの力になります。「あの時悔しかった」という記憶が、次の挑戦の背中を押してくれる。うまくいかなかった経験があるから、うまくいったときの喜びが深くなる。私がそう確信しているのは、自分自身がそうやって今日まで歩いてきたからです。
このコラムを読んでいるあなたが、もし今「どうせやっても…」と思っていることがあるとしたら、一度だけ言わせてください。
「悔しくないですか?」
悔しいと感じる心がある限り、まだ全然、間に合います。一緒に過去の自分を見返してやりましょう。
奥村 優希
母である社会保険労務士・奥村広美とともに法人を運営。約8年の社労士実務経験を持ち、人事労務セミナー講師、労務DD、IPO支援などを手がける。2026年4月には「一般社団法人士進会」を設立し、代表理事に就任。
2024年12月には電子書籍『20代開業社労士~人生を変えた社会保険労務士として生きる道~』を出版。「迅速かつ丁寧な対応」をモットーに、社労士業界の活性化に取り組んでいる。