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ニュースDX推進・AI活用が加速する現代において、従業員のリスキリング(新たなスキル習得)は企業の喫緊の課題です。しかし、研修費用や人件費など、コストがネックとなり一歩踏み出せない企業も少なくありません。
本記事では、リスキリングを戦略的に進めたい人事労務担当者向けに、人材開発支援助成金やDXリスキリング助成金、IT導入補助金など、国や自治体が提供する支援制度を徹底解説します。
目次
リスキリング(Reskilling)とは、「今後新たに発生する業務において、役立つスキル・能力を学び、身につけること」を指します。単なる「学び直し」を意味するリカレント教育とは異なり、新しい職務や業務に対応するために、従業員が新たな知識やスキルを習得することに焦点を当てた取り組みです。
企業におけるリスキリングは、従業員のキャリア開発を支援するだけでなく、事業構造の変化や技術革新に対応するための戦略的な人材投資として位置づけられています。特に、デジタル技術の進化が著しい現代において、企業が競争力を維持・向上させるために重要な取り組みです。
近年、デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進や生成AIをはじめとする人工知能(AI)の活用が急速に進んでいます。これにより、従来の業務プロセスやビジネスモデルが大きく変化し、既存のスキルだけでは対応できない新たな職務が生まれています。
DXは、単なるIT化ではなく、データとデジタル技術を活用してビジネスモデルや業務プロセス、組織文化自体を変革し、競争上の優位性を確立することを目指します。AIの活用は、特に定型的な業務を自動化し、従業員にはより高度な判断力や創造性が求められるようになります。
この変化に対応するため、企業は従業員に対して、AIやデータ分析、クラウド技術などのデジタルスキルを習得させるリスキリングを積極的に行う必要があります。これにより、労働生産性の向上や、新たな事業機会の創出につながることが期待されます。
リスキリングを推進する企業を支援するため、厚生労働省や自治体から様々な助成金が提供されています。まずはリスキリングに活用しやすい主要な助成金を紹介します。
「DXリスキリング助成金」は、主に東京都内の中小企業を対象に、従業員へのDX関連研修の実施を支援する助成金です。正式名称は「中小企業人材スキルアップ支援事業」の一部であり、公益財団法人東京しごと財団が実施しています。
DX推進に必要な知識・技能を習得させるための研修費用を助成します。特に、助成対象経費の4分の3(75%)を助成(上限:1人1研修75,000円)。交付決定額は1社あたり上限100万円。という高い助成率が魅力です。
AI、データサイエンス、クラウド技術、セキュリティ、Webマーケティングなど、DXに関連する専門的な知識・技能を習得するための研修。
この助成金は、自社のDX推進に直結する従業員のスキルアップを強力に後押しするものであり、都内の中小企業にとっては最も活用しやすいリスキリング支援策の一つと言えます。
「特定求職者雇用開発助成金」は、高年齢者や障害者などの就職困難者を継続して雇用する企業に対して支給される助成金です。
この助成金は、あくまで「就職困難者の雇用促進」が主目的です。リスキリングの文脈で活用する場合は、雇用した就職困難者が、新たな職務に就くために必要なスキルを習得する訓練である必要があります。
主目的は就職困難者の雇入れ支援。成長分野等人材確保・育成コース(人材育成メニュー)等、要件を満たす場合に他コースより高額(概ね1.5倍水準)となる制度設計があります。
「人材開発支援助成金」は、厚生労働省が実施する助成金で、従業員の職業訓練を支援する最も代表的な制度です 。リスキリングに関連するコースが複数設けられており、企業のニーズに合わせて活用できます。
特に「人への投資促進コース」や「事業展開等リスキリング支援コース」は、DX推進・AI活用を見据えたリスキリングに特化した支援内容となっており、訓練経費や訓練期間中の賃金の一部が助成されます。
企業のリスキリング戦略において、中心的な役割を果たす助成金と言えます。しかし、コースによって助成対象や助成率が異なるため、最新の公募要領で確認することが重要です。
助成金が主に雇用関係の訓練費用を支援するのに対し、補助金は事業の生産性向上やIT導入など、より幅広い目的で活用されます 。リスキリングの文脈では、新たな事業展開や業務効率化のためのITツール導入と合わせて、従業員のスキルアップを図る際に活用できます。補助金は、採択件数や期間が限定されていることが多いため、公募情報を常にチェックすることが重要です。
通称「ものづくり補助金」は、中小企業・小規模事業者が行う革新的なサービス開発や試作品開発、生産プロセスの改善のための設備投資などを支援する補助金です。
この補助金は、設備投資やシステム導入が主な対象ですが、革新的な設備・システムの導入に付随する範囲において、その活用に必要な専門家経費や外注費として教育訓練費が認められる場合があります。
補助金を活用して事業革新を行う企業は、同時に従業員のリスキリングも計画的に進めることで、補助金の効果を最大化できます。
「IT導入補助金」は、中小企業・小規模事業者が自社の課題やニーズに合ったITツール(ソフトウェア、サービス等 )を導入する費用の一部を補助することで、業務効率化や売上アップをサポートする制度です。
ITツールを導入しても、従業員がそれを使いこなせなければ効果は限定的です。IT導入補助金の中には、導入したITツールを効果的に活用するための研修費用や、新たな業務プロセスに対応するための教育費用を補助対象に含めることができる枠が設けられている場合があります。
人事労務分野においては、クラウド型の人事管理システムや勤怠管理システムなどを導入する際に、導入後の『活用支援』が補助対象に追加されており、ITツールの操作方法やデータ分析スキルを習得するための導入研修費用を、補助金の一部として賄える場合があります。
ただし、補助対象となるのは事務局に登録されたITツールの役務に限られるため、公募要領での確認が必要です。
教育訓練給付金(制度)は、働く人の主体的な能力開発を支援し、雇用の安定と再就職の促進を図ることを目的とした制度です 。従業員個人が受講費用の一部について給付を受けられる制度ですが、企業が従業員のリスキリングを支援する上で、この制度の活用を促すことは非常に有効です。
専門実践教育訓練は、労働者が中長期的キャリアを形成するために、専門的かつ実践的な教育訓練を受講する際に、受講費用の一部が支給される制度です。特に、デジタル分野や高度な専門知識を要する分野の訓練が対象となることが多く、企業のリスキリングと親和性が高いと言えます。
専門実践教育訓練では、基本給付50%(年間上限40万円)で、修了・資格取得等の要件を満たすと70%(年間上限56万円)、訓練修了後の賃金が受講開始前と比較して5%以上上昇した場合は、最大80%(年間上限64万円)が支給されます。
企業がこの制度の対象となる訓練を従業員に推奨することで、従業員は自己負担を抑えてスキルアップが可能となり、企業は優秀な人材の育成を促進できます。
特定一般教育訓練は、速やかな再就職や早期のキャリア形成に資する訓練を対象としています。主に、業務独占資格や必置資格の取得を目的とした訓練が該当します。また、業務独占資格等だけでなく、ITリテラシー向上に資するデジタル関連の訓練も対象に含まれます。
受講費用の40%(上限20万円)が支給されます。なお、資格取得等をし、かつ訓練修了後1年以内に雇用保険の被保険者として雇用された場合は、追加で10%(合計50%、上限25万円)が支給されます。
専門実践教育訓練に比べて給付率は低いものの、比較的短期間でスキルアップを図りたい従業員にとって有効な制度です。
企業が従業員のキャリアパスに応じて、この制度の活用を促すことも、リスキリング支援の一環となります。
一般教育訓練は、雇用の安定や就職の促進に資する訓練を幅広く対象としています。ビジネススキルや語学など、比較的短期間で習得できる訓練が多く含まれます。
受講費用の20%(上限10万円)が支給されます。リスキリングの第一歩として、基礎的な知識を習得したい従業員にとって利用しやすい制度です。
企業は、従業員がこれらの給付制度を活用できるよう、情報提供や受講しやすい環境整備を行うことが、リスキリング推進の重要なポイントとなります。
助成金や補助金は、企業のリスキリングを強力に支援する制度ですが、その運用には厳格なルールが伴います。人事労務担当者は、制度の趣旨を理解し、適切な手続きを踏むことが不可欠です。
助成金・補助金の申請において、最も注意すべきは「不正受給」と見なされる行為です。特に、リスキリング関連の助成金では、訓練費用の「キックバック」や「還流」が問題となるケースが報告されています。
訓練機関が企業に対して、支払われた訓練費用の一部を実質的に返金(キックバック)する行為は、助成金の支給要件である「企業が全額負担した」という原則に反し、不正受給と見なされます。不正が発覚した場合、不正受給額の返還に加え、延滞金および不正受給額の2割相当額の納付が求められる場合があります。さらに、不正受給決定日から5年間は雇用関係助成金を受給できません。また、一定要件で事業主名・代表者名が公表されます。
助成金は公的な資金であり、その趣旨に沿った適正な運用が求められます。訓練費用の支払い、訓練の実施状況、賃金支払い記録など、すべての証拠書類を正確に保管・管理することが重要です。
助成金と補助金は、原則として「同一の事業内容(経費)に対して重複して受給すること」はできません。しかし、対象となる事業や経費が明確に分かれている場合は、併用が可能です。
リスキリングの取り組みを多角的に支援するため、IT導入補助金でITツールを導入し、人材開発支援助成金でそのITツールを活用するための研修を実施するなど、それぞれの制度の目的を分けて活用する戦略が有効です。申請前に、各制度の公募要領で併用に関する規定を必ず確認しましょう。
人材開発支援助成金の一部コース(特に教育訓練休暇等付与コースなど)では、助成金の支給要件として、教育訓練に関する制度を就業規則または労働協約に規定することが求められます。
助成金は、一時的な訓練だけでなく、企業が継続的に人材育成に取り組む体制を整備することを目的としています。そのため、制度の施行日を明記した上で、就業規則に訓練に関する規定を設けることが、助成金受給の重要な要件となります。
助成金を活用する際は、単に訓練を実施するだけでなく、社内制度としてリスキリングを位置づけ、就業規則の変更が必要な場合は、労働基準監督署への届出を含め、適切な手続きを行う必要があります。
リスキリング支援制度を最大限に活用し、DX推進・AI活用を成功させるためには、単に助成金をもらうことだけを目的とせず、戦略的な視点を持つことが重要です。
AIやデジタル技術に関するリスキリングは、専門性が高く、外部の教育機関に委託することが多いため、研修費用が高額になりがちです。ここに助成金を活用することで、企業は大きなメリットを得られます。
特に、人材開発支援助成金の「人への投資促進コース」や「事業展開等リスキリング支援コース」は、AI・デジタル分野の高度な訓練を対象としており、これらのメリットを享受するのに最適です。
助成金を活用して研修を実施しても、それが単なる「座学」で終わってしまい、実際の業務に活かされなければ意味がありません。リスキリングを成功させるためには、研修後のフォローアップと、習得したスキルを活かせる環境整備が不可欠です。
研修の実施だけでなく、その後の「実践」と「評価」までをセットで計画することが重要です。
習得したAIやデータ分析のスキルを活かせるよう、社内のプロジェクトや業務に組み込む機会を提供します。OJT(On-the-Job Training)と組み合わせることも有効です。
リスキリングによって習得したスキルが、実際に業務の成果に繋がっているかを評価し、従業員に具体的なフィードバックを行います。これが次のリスキリングの計画にも繋がります。
人事労務担当者は、リスキリングを「研修」ではなく「事業戦略に直結する人材育成プログラム」として捉え、経営層や現場部門と連携しながら、継続的なスキルアップの仕組みを構築していくことが求められます。
本記事では、DX推進・AI活用が進む現代において企業に重要な「リスキリング」について、その意味や背景、そして取り組みを強力に後押しする助成金・補助金制度を解説しました。
リスキリングは、従業員のスキルアップだけでなく、企業の競争力維持・向上のための戦略的な人材投資です。この投資コストを大幅に軽減するために、国や自治体の支援策を最大限に活用することが重要です。
人材開発支援助成金(人への投資促進コースなど)や、東京都のDXリスキリング助成金など、訓練経費や賃金の一部をカバーする制度があります。
ものづくり補助金やIT導入補助金は、システム導入と合わせて、その活用に必要な従業員の教育費用を補助対象にできる場合があります。
企業が対象講座を推奨することで、従業員が自己負担を抑えてスキルアップできるため、リスキリングの受講促進に繋がります。
これらの制度は、それぞれ目的や対象が異なります。企業の事業計画や育成したい人材像に合わせて、複数の制度を組み合わせることで、コストを抑えつつ効果的なリスキリングを実現できます。人事・労務担当者は、最新の公募情報を常に確認し、計画的な人材育成戦略を推進していきましょう。
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