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人的資本情報の開示「コスト」を最小化せよ

【第1回】戦略人事への転換を加速する標準指標と統合データ基盤

監修者:秋葉 尊 株式会社オデッセイ
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この記事でわかること・結論

  • 【課題の根本】 手作業によるデータ集計が人事現場を疲弊させ、重大な正確性リスクと機会損失を生んでいる。
  • 【指標の標準化】 「ISO 30414」を土台にすることで、社内の指標定義の迷走を防ぎ、手戻りコストを大幅に削減できる。
  • 【基盤の統合化】 データ基盤を一元化し自動集計を実現することで、開示業務を効率化し戦略的業務へリソースをシフトできる。

プロローグ

形式的な情報開示から戦略的な開示へ

日本企業における人的資本情報の開示義務化が始まってから数年が経過し、企業を取り巻く環境は「形式的な情報開示のフェーズ」から「人材戦略の実効性を問うフェーズ」へと完全に移行しました。

欧州におけるサステナビリティ報告基準(CSRD)の進展や、米国証券取引委員会(SEC)による人的資本開示規則の改訂議論など、世界の潮流を見渡しても、人材を「費用」ではなく「資本」として捉え、その価値を持続的に高めていく経営姿勢が厳格に評価される時代となっています。

弊社が2025年5月に実施した「人的資本情報の可視化・開示に関する調査」によれば、日本国内の上場企業における人的資本情報の開示率は85%という高水準に達しており、有価証券報告書への記載はもはや当たり前の企業実務として定着したと言えます。

しかし、その開示報告書や統合報告書の舞台裏では、理想的な「戦略人事」のビジョンとは裏腹に、人事・労務部門が厳しい現実に直面しているケースも少なくありません。

これは、開示を行う「目的」と、それを支える「実務の運用体制」が乖離している企業が多いことに起因します。本連載では、全2回にわたり、人的資本情報の開示を単なる形式的な対応に終わらせず、人的資本経営を真の意味で企業価値向上へと繋げるための具体的なアプローチを論じていきます。

第1回となる今回は、多くの企業において大きな負担となっている膨大な「開示コスト」の構造的な問題に焦点を当て、現場実務の視点からそのコストを最小化し、経営リソースを最適化するための実践的な道筋を提示します。

現場を疲弊させる「煩雑な集計作業」と正確性のリスク

統合データ基盤による自動化と正確性の担保

人的資本情報の開示は、経営層が企業の持続的な成長に向けたビジョンや人材戦略を社内外に明確に伝え、投資家をはじめとするステークホルダーと建設的な対話を行うための重要な手段です。

しかし、そのデータを実際に供給しなければならない人事・労務の現場にとっては、日々の定型業務に上乗せされた極めて重い「データの裏付け・実務作業」に他なりません。

Excelを中心とした「手作業」への依存

前述の調査において、上場企業の約60%がいまだに人的資本情報の集計をExcelを中心とした「手作業」に依存しており、人事担当者の実に約71%がその集計業務を多大な負担と感じている実態が明らかになりました。

この「手作業」とは、具体的に何を意味するのでしょうか。それは、給与システム、勤怠管理システム、タレントマネジメントシステム、採用管理ツールなど、社内に乱立する複数のシステムから個別にデータを抽出し、Excel上で関数などを駆使してデータを突合・加工する多大な時間を要する作業です。

このプロセスは、単に「業務が非効率である」という問題にとどまらず、企業経営および労務管理において留意すべき二つのリスクを孕んでいます。

POINT
手作業による集計プロセスに潜む二つのリスク

手作業への依存は、コンプライアンス上の重大なリスクと、組織の成長を阻害する機会損失を引き起こします。

ヒューマンエラーによる正確性のリスク

第一に、手作業のプロセスが多ければ多いほど、ヒューマンエラーによってデータの正確性が損なわれるリスクを排除できないという点です。有価証券報告書のような法定開示書類において、万が一にも誤った数値を公表してしまえば、コンプライアンス違反に問われるだけでなく、市場や投資家からの社会的信用を失墜させることになります。

担当者の業務負荷増大によるジレンマ

第二に、従業員の就労環境やウェルビーイングの向上を対外的にアピールするための報告書を作成する過程において、タイトなスケジュールに対応するために担当者自身の業務負荷が一時的に増大するという、実務上のジレンマが生じている点です。

このように、手作業による集計作業や資料作成等に費やされる時間や労力(開示コスト)によって、人事の貴重なリソースが定型業務に縛り付けられ、組織の変革や次世代リーダーの育成計画といった、本来最優先すべき戦略的業務が後回しにされるという、深刻な機会損失が引き起こされているのです。

上場企業の有価証券報告書作成における現状と負担

「ISO 30414」が示す実務を迷走させないための指標

ISO 30414活用のメリットとアプローチ

なぜ、これほどまでに人的資本情報の集計実務が煩雑化し、現場の負担が膨らみ続けるのでしょうか。

その根本的な原因を突き詰めると、単にシステムの機能不足だけでなく、自社としてどのような定義でデータを抽出し、どの指標を管理していくのかを、企業として明確に決めきれていないという点に行き着きます。

実際の調査でも、上場企業の37%が「自社として管理・開示すべき指標を決められない」という停滞に直面しています。経営戦略に沿った独自性を追求し、自社独自の基準に固執するあまり、経営陣、IR部門、人事部門の間で「何を管理するべきか」という議論が長期化し、一向に実務への落とし込みが進まない状態が引き起こされています。

定義が揺らげば、当然ながら現場のデータ集計実務も迷走します。後から「やはり別のデータも抽出してほしい」「定義を変更して集計し直してほしい」といった手戻りが頻発し、その都度現場の手作業による再集計コストが跳ね上がっていくのです。

この停滞と混乱を打破するための現実的な解決策が、世界共通の「標準指標」の積極的な活用です。自社独自の正解を模索し続ける前に、まずは国際標準化機構が定めた人的資本開示の国際規格である「ISO 30414」を出発点として採用することをお勧めします。

事実、上場企業の約76%がISO 30414を「参考にしている」、あるいは「今後に向けて参考にしたい」と回答しており、その信頼性と実務的な指針としての有用性は広く認知されています。

「ISO 30414:2025」改訂の本質的な捉え方

ここで、人的資本開示の国際規格である「ISO 30414」が2025年8月25日に改訂を経て、新たに「ISO 30414:2025」として発行された事実は、押さえておくべき最新のトレンドです。

今回の改訂により、同規格は従来の単なる「ガイドライン(指針)」という位置付けから「要求および推奨事項」へと格付けが引き上げられ、指標数も58から69へと拡充されました。

しかし、ここで強調したいのは、この最新の「2025年版」への対応や、拡充された69指標すべてを完璧に網羅すること自体が本質的な目的ではないという点です。

すでに従来のISO 30414をベースにして、社内検討やデータの整備を進めてきた企業も数多く存在するはずです。そうした企業にとって、最新の2025年版へ即座に追従することを、優先する必要はありません。

人的資本経営において重要なのは、最新の規格改訂のトレンドを追いかけることではなく、世界標準として定義された客観的で信頼できる「ものさし」を社内に取り入れ、自社の状態を定量的かつ継続的にモニタリングする土台を作り、何よりも「まずスタートすること」にあります。

自社指標の定義が世界標準(新旧を問わず)をベースにしていれば、現場は「何を抽出し、どう集計すべきか」に迷うことがなくなり、手戻りや検討コストを大幅に削減できます。

最新版であれ従来版であれ、まずはこの標準規格をベースにPDCAのサイクルを迅速に始動させ、実際の運用を通じて得られた具体的な気づきを元に、自社独自の戦略指標へと洗練させていく段階的なアプローチこそが、開示検討コストを低く抑え、確実な前進をもたらす合理的な戦略なのです。

統合データ基盤による「正確なアウトプット」の自動化

統合データ基盤による自動出力の仕組み

指標が定まっても、給与、勤怠、評価などのデータが分散していては、現場の負担は変わりません。上場企業の約30%が「データの一元管理(人事関連データが一元管理できていないこと)」を課題として挙げており、その解決策として過半数の企業が統合型人事システムの導入を模索しています。

この状況を打破するためには、分散したデータを一つの場所に集約し、社内における「整合性が保たれた正確なデータ基盤」の構築が絶対に不可欠です。

弊社でも導入支援を手掛ける「SAP SuccessFactors」のような統合プラットフォームは、分散した個人の属性情報、勤怠データ、給与情報、スキルマスター、過去の評価履歴、そして異動や研修の全履歴にいたるまでのあらゆるタレントデータを、分断されることなく単一のデータベース上でリアルタイムに管理することが可能です。

このように強固に一元化されたデータ基盤が築かれていれば、それを補完する弊社の「Ulysses 人的資本ダッシュボード®」を連携させることで、有価証券報告書の定量データも、Excelによる手作業を一切挟むことなくワンクリックで自動集計・出力できるようになります。

これは単なる業務効率化にとどまりません。データの正確性をシステムで担保しつつ、事務工数を削減することで、人事のリソースを「集計業務」から「施策の実行や高度な分析」へとシフトするための投資なのです。

【結論】効率化による「人事・労務部門の健全化」

守りから攻めへ: リソースの再配分

人的資本経営を成功へ導くための大前提は、単に開示報告書を綺麗に整えることではなく、業務の効率化によって生み出された時間や人手(リソース)を、自社の成長を牽引する戦略的な人材施策の立案や実行へと充てることにあります。

そのためには、まず前提条件として、人事・労務実務における非効率を解消し、組織全体で未来への投資に充てるためのリソースを創り出さなければなりません。

対外的な見栄えを整えるためだけに人事・労務の現場が長時間の集計作業に追われているようでは、社内の人材の可能性を最大限に引き出すことなどできるはずがありません。まずは実務そのものを、手作業の重圧から解放し、組織の健全性を保つ必要があります。

正しい統合データ基盤の整備を断行し、世界標準の指標を実務に組み込むことは、現場の「開示コスト」を最小化するための確実なアプローチです。

一元化によって担保された精度の高いデータと、業務の効率化によって生み出された時間こそが、経営陣が確かな根拠に基づいて人材戦略を策定し、組織の確実な成長ストーリーを描くための強固な土台となります。

「開示コストの最小化」は、人的資本経営を本格的に軌道に乗せるための最初にして最大の「守りの投資対効果(ROI)」の獲得なのです。

次回は、この強固なデータ基盤と創出されたリソースを武器に、いかにして企業価値の持続的な向上に直結する「攻めのROI(人的投資の最大化)」を築き上げるかについて、経営成果の可視化という視点から詳細に論じていきます。

株式会社オデッセイ 監修者秋葉 尊

株式会社オデッセイ 代表取締役CEO 秋葉尊
NECにて営業、マーケティングを経験後
2003年オデッセイ入社、2011年より現職
独自の人事ソリューションでSAP業界トップクラスの導入実績を誇る
SAP Appreciation for Partner Excellence 2026 受賞

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