労働者が賃金を受け取る権利を「賃金債権」と言い、この「債権」については民法上その性質に応じた消滅時効(権利を行使できる期限)が設定されています。過去の未払残業代の精算や、降格人事の無効判決による減給分の追加支払が生じる場面など、使用者としてはどこまでさかのぼるべきなのか気になるところです。
今回は消滅時効について、必要最低限知っておきたいポイントを解説します。
目次
まず、民法においての債権とその消滅時効についてご説明します。
契約関係を締結すると、契約した当事者は相手方に対して契約に基づき何かをする(作為)こと、あるいはしない(不作為)ことを要求できる権利があるとしています。これを「債権」と呼びます。また、要求された方(相手方)はそれに対応する義務があり、それを「債務」と呼びます。
債権の消滅時効とは、原則的にその権利を行使できる時が来てから10年です。すなわち、金銭の支払いに関する契約では「支払い期限が来たとき」から10年後が消滅時効となります。
前述でご説明したとおり、民法においての債権は10年で消滅時効となります。そして、「月またはこれより短い時期をもって定めた雇人の給料」の短期消滅時効は1年と定められています。しかし、賃金に関する権利の消滅時効期間が1年では労働者の保護に十分とはいえず、けれども10年では使用者にとって酷といえます。
そこで、労働基準法(115条)は民法の特則として賃金債権の消滅時効期間を次のように定めています。
※「そのほかの請求権」とは退職事由等の証明書、休業手当、年休手当、年次有給休暇の請求権利などが挙げられます。
一方、使用者による安全配慮義務違反などがあった場合の損害賠償請求に関しては、民法の一般原則にしたがい10年の消滅時効期間が適用されます。また、不法行為に基づく当該請求権に関しては、消滅時効期間は以下のようになっています。
なお、民法166条によれば消滅時効期間は労働者が請求の権利を行使しうるときから起算されますが、最終の行政上の決定を受けたときから消滅時効が進行するとされた判例もあります。
現在、給与の短期消滅時効は1年と民法で定められていますが、それについて2017年6月の民法改正により次の2点が変更されています。
(1)民法166条第1項に、消滅時効が成立する条件として新たに次の2点を追記
(2)給与(賃金債権)の短期消滅時効を1年と定める、民法174条第1項第2号「自己の労力の提供又は演芸を業とする者の報酬又はその供給した物の代価に係る債権」の条文を含む、第170条から第174条までを削除
以上の法改正の結果、賃金債権についての消滅時効も民法の原則に則り5年、または10年となりました。
ですが、労働基準法に基づく2年という消滅時効の定めについては存続しているため、労働基準法の改正がない限りは同法が優先され、実質的な消滅時効は2年となります。
法律では消滅時効の完成後であっても、債権者が債権を行使することを可能としています。その場合、裁判所は債務者に支払いを命じます。一方、債務者は「消滅時効の援用」を行うことで、消滅時効完成後の債務を負う必要がないことを主張することができます。
また、債務者が契約を破り債務を履行してくれなかった場合、債権者はしばしば債務履行を行うべき旨の請求(民法上これを「催告」といいます)を債務者に行いますが、この催告後6ヶ月以内に債務者を提訴することで、催告の時点での消滅時効のリセットを行うことができます。民法上ではそれを「時効の中断」と呼びます。
ただ、援用と中断のどちらも裁判などの手続きを取らなければ有効とはなりません。特に消滅時効の援用について企業が熟知していないと、時効後で払う必要のない給与を払うことになり、損害につながります。そのようなことにならないためにも、まずは消滅時効制度についての正しい知識を持つ必要があります。
今回の記事では賃金債権の消滅時効について、次のポイントをもとに解説しました。
経営者や担当者はこれらのポイントを念頭に置き、消滅時効についてしっかりと理解しておきましょう。
社会保険労務士事務所 そやま保育経営パートナー 代表社会保険労務士:
楚山 和司(そやま かずし) 千葉県出身
株式会社日本保育サービス 入社・転籍
株式会社JPホールディングス<東証一部上場> 退職
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