報告体制の整備の流れ
- 報告を受ける担当者や連絡先を明確に定める
- 熱中症の自覚症状がある場合、あるいは他の作業者の異変に気づいた場合に、誰に、どのような手段で報告するのかを具体的に定める
→特に、一人または少人数で作業をする場合は、報告の手順や連絡体制を具体的に伝えることが重要 - 事業場における緊急連絡網、緊急搬送先の医療機関の連絡先および所在地等を作成しておく
- これらの報告体制を、休憩場所など労働者の目に触れる場所に掲示するなどして、関係者に周知する
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ニュース2025年6月1日より、改正労働安全衛生規則が施行され、企業に対し熱中症対策が罰則付きで義務化される見込みです。人事・労務担当者は、この法改正に対応し、社内の熱中症対策を見直す必要があります。
本記事では、熱中症対策義務化の具体的な内容、義務化の背景、そして人事労務担当者が今すぐ取り組むべき対応策について、初心者の方にもわかりやすく徹底的に解説します。
改正労働安全衛生規則の施行により、事業者は「熱中症を生ずるおそれのある作業」を行う際に、特定の措置を講じることが義務となります。熱中症を生ずるおそれのある作業とは、具体的に以下の条件を満たす作業を指します。
これらの条件に該当する作業場所で業務が行われる場合、事業主は以下の具体的な熱中症対策を講じることが義務付けられます。主に3つのポイント、または改正規則で明記された2点に集約されます。
熱中症の被害を拡大させないためには、早期発見が不可欠です。そのため、改正規則では、熱中症のおそれがある労働者や、熱中症の初期症状(体温が高い、意識がもうろうとするなど)がある労働者を早期に発見できる仕組みづくりが事業者に求められます。
具体的には、以下の体制を整備し、関係者※に周知する必要があります。
労働者だけでなく、熱中症のおそれのある作業に従事する労働者以外の者も含む
また、通達では、積極的に「熱中症の症状がある労働者を見つけるための措置」を講じることが推奨されています。これには、以下のような効果的な取り組みが含まれます。
取り組み | 概要 |
---|---|
職場巡視 | 作業現場を定期的に見回り、労働者の状態を確認する。 |
バディ制 | 2人1組などで作業をおこない、お互いの体調に気を配る。 |
ウェアラブルデバイス等の活用 | 体温や心拍数などを測定できる機器を利用する。 |
双方向での定期連絡 | 現場と管理者の間で定期的に連絡を取り合い、異常がないか確認する。 |
熱中症の疑いがある労働者を把握した場合に、迅速かつ的確な判断をおこない、重篤化を防ぐための措置を講じることも事業者の義務です。事業場ごとに、以下の措置の内容およびその実施手順をあらかじめ定め、関係者に周知する必要があります。
これらの手順は、万が一の際に実際に機能するように、関係者にしっかりと伝えておく必要があります。
改正規則で定められた熱中症対策を怠った場合、事業者は罰則の対象となります。具体的には、都道府県労働局長または労働基準監督署長から、使用停止命令等(作業の全部または一部の停止、建設物等の使用停止または変更など)を受けるおそれがあります。
また、熱中症対策の実施義務に違反した者は、6カ月以下の拘禁刑(懲役)または50万円以下の罰金に処される可能性があります。さらに、法人に対しても50万円以下の罰金が科されることがあります。
これらの罰則は、労働者の安全と健康を守るという企業の責任の重さを示しています。法令遵守のため、早急に対策を講じることが求められます。
今回の熱中症対策義務化は、近年の深刻な状況と、これまでの対策では不十分であったという現状認識に基づいています。
地球温暖化の影響により、ひと昔前と比較すると、近年の夏の暑さは「異常」とも言える状況が続いています。これに伴い、職場における熱中症の発生が急増しており、労働災害は深刻な問題となっています。
職場における熱中症による死傷者数は、2022年以降右肩上がりとなっており、労働災害による死亡者数全体の約4%年間30人以上が熱中症で亡くなっています。具体的には、2022年には30人、2023年には31人の労働者が熱中症で命を落としています。
厚生労働省によると、これらの痛ましい労働災害の主な原因として指摘されているのが、熱中症の初期症状の放置や、医療機関への搬送などの対応の遅れです。体温が高くなったり、意識がもうろうとしたりといった熱中症の初期症状が見られても「大丈夫だろう」と自己判断したり、周囲が異変に気づいても対応が遅れたりすることが、重篤化を招いています。
これまでの労働安全衛生法の規定では、
高温などによる健康障害を防止するため必要な措置を講じなければならない
とされており、労働安全衛生規則において「労働者に与えるために、塩及び飲料水を備えること」などが義務づけられていました。しかし現状は、熱中症関連の労災事故の多くで原因とされる「初期症状の放置、対応の遅れ」に対応する明確な規定がありませんでした。
この現状を改善し、熱中症による健康障害の疑いがある者の早期発見や重篤化を防ぐための対応を事業者に義務付けるため、このたび労働安全衛生規則が見直されることになりました。労働安全衛生法第22条第2号では、以下のように定められています。
事業者は高温による労働者の健康障害を防止するために必要な措置を講じる義務がある
そして、その具体的な措置は労働安全衛生規則で定めるものとされています(第27条第1項)。今回の改正は、この法律の規定を受けて、熱中症対策を労働安全衛生規則に具体的に明記するものです。
2025年6月1日からの義務化に向けて、人事労務担当者は具体的にどのような準備を進めるべきでしょうか。ここでは、企業が取るべき具体的な対応策をわかりやすく解説します。
まず、自社の事業場や業務のなかに、義務化の対象となる「WBGT28度以上または気温31度以上の環境下で、連続1時間以上または1日4時間超の実施が見込まれる作業」があるかを特定する必要があります。
対象となる作業環境を特定したら、次にその作業に伴う熱中症のリスクを評価します。リスク評価にあたっては、WBGT値(暑さ指数)を適切に把握・評価することが重要です。日本産業規格(JIS)に適合したWBGT指数計を用いることが推奨されています。
WBGTは、熱中症のリスクを示す指標で「暑さ指数」とも呼ばれます。気温だけでなく、湿度や輻射熱(地面や建物からの照り返しなど)も考慮して計算されるため、より人体が感じる暑さに近い指標と言われています。WBGT値がWBGT基準値を超えると、熱中症のリスクが高まります。
環境省の熱中症予防情報サイトでは「暑さ指数(WBGT)の実況と予測」が公表されています。これを参考にすることもできますが、公表内容はあくまで地域を代表する一般的な値であり、個々の作業場所や作業ごとの状況は反映されていないことに留意が必要です。実際の作業場所の状況などを考慮して判断しましょう。
また、作業強度や着衣の状況によっても熱中症のリスクは高まります。特に、身体作業強度が高いほど、あるいは透湿性・通気性の悪い服装であるほど、WBGT基準値は低く設定されるべきとされています。義務化の対象作業に該当しない業務であっても、これらの要素によって熱中症のリスクが高まる場合は、義務化される対策に準じた対応が望ましいとされています。
熱中症の早期発見のための報告体制を具体的に整備し、文書化しておくことが重要です。
報告体制の整備の流れ
さらに、労働者の健康状態を積極的に把握するための推奨される措置(職場巡視、バディ制、ウェアラブルデバイス活用、定期連絡)も検討し、体制に組み込むと良いでしょう。
熱中症の疑いがある労働者が発見された場合に、どのように対応するかの具体的な手順をあらかじめ定め、文書化します。
対応 | 定めること |
---|---|
作業からの離脱 | 速やかに暑熱な環境から離れるように指示する手順 |
身体の冷却 | 体を冷やすための方法 涼しい場所への移動、衣服を緩める、冷たいタオルや保冷剤で首や脇の下などを冷やす、ミストシャワーなど |
水分・塩分の摂取 | 意識がある場合は、水分や塩分を含む飲料(スポーツドリンク、経口補水液など)を摂取させる手順。塩飴の準備も有効 |
医療機関への搬送、救急隊の要請 | 必要に応じて、速やかに医療機関に搬送したり、救急車を呼んだりする基準や手順 |
経過観察 | 措置をとっている間も、本人を一人きりにせず、誰かが様子を観察すること |
緊急連絡網の活用 | 定められた緊急連絡網を使って、速やかに必要な関係者(家族、医療機関など)に連絡する手順 |
身体の冷却については、特に、医療機関への搬送や救急隊の到着を待っている間は、アイススラリー(流動性の氷状飲料)や水をかけて全身を急速冷却するなど、効果的な身体冷却に努めることが推奨されています。また、医療機関への搬送、救急隊の要請時には本人が「大丈夫」と申し出ても、異変を感じた場合は躊躇せずにこれらの措置をとることが大切です。
これらの手順についても、関係者への周知を徹底する必要があります。ただし、熱中症患者の状態は様々であるため、定めたマニュアルだけでなく、現場の状況を踏まえて臨機応変に適切な措置を講じることが重要です。
整備した報告体制や実施手順は、関係者※に漏れなく周知し、内容を理解してもらうことが非常に重要です。単に文書を配布するだけでなく、労働衛生教育として、熱中症の症状・予防方法・緊急時の対応手順などについて教育をおこなうことが求められています。
労働者だけでなく、熱中症のおそれのある作業に従事する労働者以外の者も含む
労働衛生教育の実施にあたっては、厚生労働省や環境省が運営するサイトに掲載されている教育用教材を活用することが推奨されています。事業者が自ら実施することが難しい場合は、外部の関係団体がおこなう教育を活用するのもいいでしょう。
厚生労働省が公表している「STOP!熱中症 クールワークキャンペーン」実施要綱などでは、義務化される措置以外にも、効果的な熱中症予防対策が多数挙げられており、これらも参考にしながら総合的な対策を進めることが望ましいです。
熱中症予防対策 | 概要 |
---|---|
作業環境の管理 | WBGT値を低減するための対策(簡易な屋根の設置、通風・冷房設備の設置、ミストシャワー等による散水設備の設置など)をおこないます。また、冷房を備えた休憩場所や、日陰などの涼しい休憩場所を確保し、具合が悪くなった作業従事者が横になれる程度の広さを確保することが大切です。 |
作業時間の短縮等 | WBGT値が基準値を大幅に超える場合は、原則として作業を控えます。やむを得ず作業をおこなう場合は、単独作業を控え、休憩時間を長めに設定するなどの対策をとります。管理者は、作業従事者の心拍数、体温、尿の状態、水分・塩分摂取状況を頻繁に確認することが推奨されます。ウェアラブルデバイスなどのIoT機器の活用も有効です。 |
暑熱順化※1への対応 | 暑さに慣れていない人(暑熱非順化者)は熱中症リスクが高いです。熱へのばく露を7日以上かけて増やし、作業時間を調整しながら、徐々に暑さに慣れさせる(暑熱順化)ことが望ましいとされています。特に新規採用者や、夏季休暇などで熱へのばく露が中断した後の労働者には、計画的な暑熱順化プログラムを組みましょう。 |
水分や塩分の摂取 | のどの渇きを感じる前に、作業前後に加えて、作業中も定期的に水分と塩分を摂取することが求められます。管理者は、摂取状況を確認したり、水分を常備したり、休憩設備を工夫したりして、労働者の摂取を徹底させましょう。塩飴や飲料水の備え付けも有効です。 |
服装の調整 | 熱を吸収・保熱しにくい、透湿性および通気性の良い服装を準備します。直射日光下での作業には、通気性の良い帽子やヘルメットなども有効です。 |
プレクーリング※2 | 作業開始前や休憩時間中に体を冷やすことで、熱中症のリスクを減らす「プレクーリング」も検討しましょう。 |
健康管理 | 疾病がある労働者への配慮や、日常的な健康管理に関する指導、作業開始前や作業中の健康状態確認などをおこないます。 |
異常時の措置 | 異変を感じた際の作業からの離脱、身体冷却、医療機関への搬送・救急隊の要請などを躊躇なくおこなうこと。冷却中の労働者から目を離さないことも重要です。 |
熱中症予防管理者の設置 | 熱中症予防対策を適切におこなうための責任者として、十分な知識を有する者の中から熱中症予防管理者を選任し、現場担当者と連携して対策を進めることが推奨されています。 |
1:暑い環境に体を徐々に慣らしていくこと。暑熱順化が進むと、同じ暑さでも熱中症になりにくくなります。
2:作業を始める前に、体を冷やしておくこと。
2025年6月1日より、企業の熱中症対策は罰則付きで義務化されます。これは、近年の猛暑による熱中症労働災害の増加、特に初期症状の放置や対応の遅れによる重篤化を防ぐための重要な法改正です。
事業者に義務づけられる主な対策は、熱中症のおそれがある作業における報告体制の整備、および症状悪化を防止するための実施手順の作成と、これらの関係者への周知です。これらの義務を怠った場合、6カ月以下の懲役または50万円以下の罰金などが科される可能性があります。
人事・労務担当者は、自社の作業環境を特定し、熱中症リスクを評価したうえで、報告体制や対応手順を具体的に整備し、文書化することが急務です。さらに、これらの体制や手順を労働者を含む関係者に徹底的に周知し、労働衛生教育を通じて意識を高める必要があります。
厚生労働省などが推奨するその他の熱中症予防策も参考にしながら、総合的な対策を進め、労働者の安全と健康確保に努めましょう。
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