社会保険適用拡大の狙い
- 社会保険(厚生年金や健康保険)の加入要件をよりわかりやすくシンプルにすることで、自分のライフスタイルに合わせた働き方を選びやすくする
- 年金額の増加など、働くことで手厚い保障が受けられる方を増やす
- 人口が減少する中で、事業所の人材確保に資する取組を進める
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ニュース2025年6月13日、年金制度改正法が成立し、社会保険(厚生年金保険・健康保険)の適用拡大が決定しました。
今回の改正は主に、社会保険の加入対象となる短時間労働者の範囲を広げるもので、施行後はより多くのパート・アルバイト従業員が社会保険に加入できるようになります。
この記事では、今後おこなわれる社会保険の適用拡大の内容について、詳しく解説していきます。
目次
2025年5月16日、厚生労働省は年金制度の改正法案を国会に提出し、同年6月13日に成立しました。
今回の年金制度改正法では、在職老齢年金制度の見直し、遺族年金の見直し、厚生年金保険等の標準報酬月額の上限の段階的な引き上げ、将来の基礎年金の給付水準の底上げなどに加えて、社会保険(被用者保険)の適用拡大も含まれています。
社会保険の適用拡大においては、下記の措置が講じられる予定です。
厚生労働省は社会保険を適用拡大する狙いとして、以下の3点を挙げています。
社会保険適用拡大の狙い
これらを実現するために、今後、短時間労働者の加入要件の見直しなどがおこなわれます。
2025年6月現在、パート・アルバイトなどの短時間労働者が社会保険の加入対象となるかどうかは、いくつかの要件(条件)によって判断されています。主な加入要件は、以下の5つです。
厚生年金保険の被保険者数
このうち、2番目の「賃金要件」と3番目の「企業規模要件」の2つが、今回の主な見直しの対象です。
現在、社会保険の加入対象となるパート・アルバイト従業員は「従業員数51人以上の企業に勤務している」ことが一つの要件となっています。この企業規模要件について、今回の改正法で2027年10月1日から2035年10月1日までの間に段階的に撤廃されることが決まりました。
施行時期 | 企業規模要件※ |
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2027年10月~ | 従業員数36人以上 |
2029年10月~ | 従業員数21人以上 |
2032年10月~ | 従業員数11人以上 |
2035年10月~ | 従業員数1人以上 |
常時の従業員数で判断
従業員数50人以下の企業で勤務するパート・アルバイト従業員なども、他の社会保険の要件(週20時間以上勤務、月額8.8万円以上など)を満たすと、社会保険への加入が義務づけられることになります。
つまり、働く企業の規模にかかわらず、社会保険に加入するようになります。
この企業規模要件は、もともと「当分の間の経過措置」として位置づけられており、より円滑な施行をできるよう、段階的に拡大されてきました。
実際にパート・アルバイトの社会保険の適用範囲は、2016年10月の「被保険者数501人以上の企業」を対象にすることから始まり、その後、段階的に適用範囲が広げられ、2024年10月には「被保険者数51人以上の企業」まで拡大されています。
実施時期 | 企業規模要件 |
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2016年10月 | 従業員数501人以上 |
2022年10月 | 従業員数101人以上 |
2024年10月 | 従業員数51人以上 |
今回の改正で、この企業規模要件を段階的に撤廃する案が成立した背景には「勤め先や働き方、企業の雇い方に中立的な制度を構築する」という狙いがあるようです。
なお、今後の企業規模要件の撤廃により新たに社会保険の加入対象となるパート・アルバイトは、約70万人と言われています。社会保険料は労使折半なため、加入対象者が増えると経営資源に限りがある中小企業にとっては、大きな負担となるでしょう。
そういった点も考慮して、一気に企業規模要件を撤廃するのではなく、段階的に撤廃が進められる予定です。
そしてもう一つ決まったのが、賃金要件の撤廃です。現在、社会保険の加入対象となるパート・アルバイト従業員は「賃金が月額8.8万円以上であること」が一つの要件となっていますが、これが廃止されます。
月額賃金8.8万円以上とは、年収にすると約106万円であり、いわゆる「106万円の壁」と呼ばれる就業調整※の基準額として広く認識されています。しかし今回、賃金要件が撤廃されることになり、この「106万円の壁」もなくなることが決まりました。
税負担を避けたり、社会保険の扶養内で働いたりするために労働時間を調整すること
賃金要件撤廃の背景の一つには、近年の最低賃金の引き上げがあります。
最低賃金が1,016円以上の地域では、社会保険の加入要件の一つである週の所定労働時間(20時間以上)働くと、必然的に賃金要件(月額8.8万円以上)も満たすことから、賃金要件を定める必要性が薄まってきています。
また、賃金要件の撤廃に伴い、実質「106万円の壁」も撤廃されることで、短時間労働者の働き控えを回避したい、という狙いもあるようです。全国の最低賃金が1,016円以上となることを見極めて、公布から3年以内の政令で定める日から施行される予定です。
短時間労働者の加入要件の見直しのほか「個人事業所の適用対象の拡大」と「新たに加入対象となる短時間労働者および事業主への支援」もおこなわれます。
現在、常時5人以上の従業員を雇用する個人事業所は、法律で定める17業種に当てはまる場合は社会保険に加入し、該当しない場合は加入対象外ととなっています。
しかし2029年10月から、個人事業所の適用範囲が拡大され、17業種以外の業種も加入対象となります。
農業、林業、漁業、飲食サービス、宿泊業など。
ただし、2029年10月時点ですでに存在している事業所は、当分のあいだ対象外となります。また、常時雇用人数が5人以上か未満かで、社会保険の加入対象か加入対象外となるかについては現行と変わりありません。
今回の改正法により、新たに社会保険の加入対象となるパート・アルバイトなどの短時間労働者、そして社会保険料を追加負担することとなる事業主に対し、経済的な支援が実施されます。
短時間労働者に対しては、3年間事業主が追加負担することで、社会保険料の負担を軽減できる措置が、事業主に対しては追加負担した保険料について、国などが全額を支援します。
他にも事業主向けの支援として、社会保険の加入にあたり従業員の収入を増加させた事業主への支援、加入拡大に関する事務支援、生産性向上などのための支援も検討されています。
社会保険が適用拡大されると、これまで対象外だった従業員数50人以下の企業や、一部の個人事業所、そしてそこで働く短時間労働者に影響が出ます。ここからは、企業の人事・労務担当者が、どのような点に注意し、準備を進める必要があるのかを解説します。
社会保険の適用拡大に伴い、これまで加入対象外だった従業員が新たに社会保険に加入することになった場合、追加の事務負担や社会保険料のコストが増えます。施行開始されたときに焦らないように、事前に新たな加入対象者の把握や、事務手続きフローの再確認を進めておきましょう。
やるべきこと | |
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対象者の特定 | 新しい適用要件に照らし合わせ、自社で新たに社会保険の加入対象となる短時間労働者を正確に把握する必要があります。 |
加入手続き | 対象者となる従業員の資格取得届の作成・提出など、年金事務所や健康保険組合への手続きが必要になります。 |
保険料の計算 | 新たな加入者の社会保険料(企業負担分と従業員負担分)を計算し、毎月の給与から控除し、企業負担分と合わせて納付する手続きが発生します。 |
従業員への説明 | なぜ社会保険に加入することになるのか、保険料はいくらになるのか、加入によるメリット(将来の年金増額や医療保険の給付など)は何かなどを、対象となる従業員に分かりやすく説明する必要があります。 |
特に経営資源が脆弱な中・小規模事業所は、経営への影響を最小限に抑えるため、早めに試算をおこなうなど財務的な影響を把握しておくことが重要です。
今回の法改正による、企業や短時間労働者に与えるマイナスの影響を踏まえ、厚生労働省は支援策を発表しています。支援内容は先述した内容のとおりです。支援策は、企業および人事・労務担当者にとって大きな助けとなるため、利用できる支援策は積極的に活用しましょう。
2025年6月現在、改正法は成立されていますが、具体的にいつ施行されるのか、経過措置はあるのかなど、常に最新の情報を収集することは必要不可欠です。
厚生労働省のウェブサイトなどを艇的にチェックし、新たな情報が発表され次第、速やかに社内で経営層や関係部署と共有し、今後の対応について検討を進めていきましょう。
新たに社会保険の加入対象となりうる従業員に対しても、早い段階から情報提供や説明会などを実施することで、従業員の不安を軽減し、スムーズな移行に繋げることができるでしょう。
年金制度の改正による更なる社会保険の適用拡大により、現在、短時間労働者の加入要件である「企業規模要件」や「賃金要件」が今後は撤廃されます。これは従業員数50人以下の企業や、これまで対象外だった一部の個人事業所にとって、大きな変化をもたらすことが予想されます。
企業の人事・労務担当者は、自社にどのような影響があるかを早期に把握し、対象者の特定、手続きの準備、従業員への丁寧な説明など、事前の準備と情報収集、社内外への周知を進め、改正へのスムーズな対応を心がけましょう。
労務・人事・総務管理者の課題を解決するメディア「労務SEARCH(サーチ)」の編集部です。労働保険(労災保険/雇用保険)、社会保険、人事労務管理、マイナンバーなど皆様へ価値ある情報を発信続けてまいります。
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