この記事の結論
- 競業避止義務とは企業の利益を損ねる競業行為をおこなわない義務のこと
- 退職後の競業避止義務を課すためには誓約書の作成や就業規則への規定などが必要
- 競業避止義務の有効性は6つのポイントから総合的に判断する
この記事の結論
競業避止義務とは、企業の利益保護のために従業員に課す義務です。情報が流出しやすい現代では、企業は競業避止義務を課したうえでセキュリティ対策をおこなう必要があります。
本記事では、競業避止義務の意味や対象期間、契約に取り入れる方法などについて詳しく解説します。
目次
企業の利益を損ねる競業行為をおこなわない義務のことです。
競業避止義務の目的は、自社の機密情報や利益を保護し、競争上の不正な行為を防止するためです。従業員が入社時に交わす誓約書や就業規則において「競業禁止特約」を定めることで効力が発揮されます。
現代の雇用環境は従業員の流動性が高く、従業員の離職後に機密情報のもち出しや競業行為にさらされるリスクが増大しています。
企業が有する機密情報やノウハウが競業他社に漏れると、企業は大きな損失を受ける可能性があります。特に、顧客情報などの機密性が高い情報は、競合他社に利用されると企業の信頼性や市場競争力に大きな影響を与えるでしょう。
さらに、従業員の引き抜きや起業による競合も、企業にとって大きなリスクとなります。これらの理由から競業避止義務は欠かせません。
競業行為には、以下2つの種類があります。
在職中の競業行為には、以下の行為などが該当します。
副業の許可は、会社の顧客情報やノウハウを活用してもよいことを許可するものではないため、競業避止義務について通達しておくことが大切です。
取締役の競業行為については、会社法356条で「株主総会にて当該取引について重要な事実を開示し、承認を受けなければならない」と定められています。承認を得られなければ、競業行為はおこなえません。
退職後の競業行為としては、以下の行為などが該当します。
退職後の競業を禁止すると、日本国憲法第22条1項の「職業選択の自由」に抵触する可能性があるため、慎重な対応が必要です。退職後の競業行為を禁止するには、退職時に誓約書を交わしたり、就業規則で定めておいたりするなど、従業員との合意が成立している必要があります。
競業避止義務は、誓約書を交わしたり就業規則で定めておいたりしたとしても、条件によっては無効となります。経済産業省の資料「競業避止義務契約の有効性について」では、以下6つのポイントから総合的に判断すべきと示されています。
競業避止義務の有効性の判断ポイント
ここからはそれぞれの判断のポイントについて、詳しく見ていきましょう。
企業の守るべき利益とは、特許技術や製品開発のノウハウ、顧客リストなどのことです。このような情報やノウハウが流出すると企業に不利益が生じる可能性があるため、競業避止義務の正当性が増します。
全従業員に競業避止義務を課すとしても、それぞれに適した内容で定める必要があります。課長や部長など地位で統一するのではなく、従業員単位で競業避止義務の必要性を検討しましょう。
営業部門で働く従業員は、企業の顧客リストや営業戦略に関する重要な情報を所持しています。企業の競争力を支えるため、競業避止義務を課す必要性は高いでしょう。
製品開発チームに所属する従業員も、新製品や技術の開発に関わる機密情報を所持しており、競業他社に漏れることで市場シェアや利益に影響をおよぼす可能性があるため、競業避止義務を適用すべきと言えます。
競業避止義務の対象に地域的な限定があるかも、判断のポイントの一つです。業務内容や事業を展開している地域などを踏まえ、正当性があるかどうかを判断する必要があります。地域的な限定がない場合、日本全国のどこにいても競業避止義務が課せられることになるため、範囲が過剰として無効になるケースも少なくありません。
地域を限定していなくとも、全国展開している企業であれば過度に広範であるとはみなされず、競業避止義務が有効になる可能性があります。
競業避止義務を適用する期間は、長くなればなるほどに有効性が認められにくくなります。一般的には、1年以内に定めることで有効性が認められやすくなります。
競業避止義務の適用期間が長すぎると、従業員の今後のキャリアに悪影響をおよぼす可能性があります。入社したい同業他社が見つかったにもかかわらず競業避止義務によって応募できなければ、ブランクによって知識やノウハウが失われ、キャリアアップのチャンスを逃してしまうでしょう。
競業避止義務は、会社の利益を守る観点から必要と考えられる範囲に限定しなければなりません。たとえば、全職種・全業務に対して競業避止義務を課すと、無効と判断される可能性があります。特定の業務や職種に限定することで、有効性が認められやすくなります。
また、担当していた顧客に対する競業行為のように、さらに細分化して範囲を定めることも可能です。
代償措置とは、競業避止義務によって生計を立てる手段が制限されることによる不利益の代償を提供することです。
高額な給与や退職金の増額、守秘義務手当の支給などがあります。代償措置の内容は競業避止義務の内容とバランスが取れている必要があるため、従業員単位で細かく定めることが重要です。
従業員に競業避止義務を課す方法は、次の2つです。
退職後の競業行為を禁止するには、誓約書の作成が必要です。競業避止義務契約の有効性を判断する際は、過去の裁判例を参考にしましょう。
たとえば、競業避止義務期間を2年に定めたものが無効とされた裁判例がある場合、無効の理由が期間の長さにある場合は、少なくとも2年に定めない方がよいでしょう。
裁判例の傾向を把握し、仮に労働問題に発展したとしても裁判所に有効と認められる誓約書を作成することが重要です。
在職中の競業避止義務は、雇用契約書や就業規則に競業禁止条項を定めておくことでが重要です。
第○条(競業避止義務):従業員は、在職中および退職後1年間は競業行為を禁止する。競業行為とは、同業他社への就職、同業種での起業が該当する。
在職中の競業行為について法的拘束力を高めたい場合は、誓約書と併用することが重要です。ただし、併用したとしても合理性に欠ける内容の場合は、無効となる可能性があります。
競業避止義務の誓約書へのサインは強制ではありません。もし強制的に誓約書へサインさせた場合、その誓約書のすべての内容が無効となる可能性があります。
そのため競業避止義務への合意を拒否された場合は、必要性について丁寧に説明し、合意を促す方法しかないでしょう。
競業避止義務に違反した場合の対応も、誓約書や就業規則で定めておく必要があります。一般的には、次のように対応します。
退職金の支払いは法的な義務はなく、企業が定めた要件を満たした場合に支給します。そのため、競業避止義務を守ることを退職金の支給要件に定めれば、退職金の減額や不支給が認められる可能性があります。
退職金の減額や不支給の判断は、違反の程度も考慮する必要があります。退職金には「生活保障的性格」といって、収入の一部とする特性があるため、違反が軽微であるのに退職金の減額や不支給の対応をとると、実質的な給与の減額として扱われて無効とされる可能性が高まります。
競業避止義務違反によって企業が損害を受けた場合は、損害賠償を請求できます。
損害賠償請求額の決め方はケースバイケースです。たとえば、顧客の引き抜きによって月20万円の損失が6カ月続いた場合は、合計120万円の損害賠償を請求する考え方があります。
誓約書や就業規則において、競業避止義務行為をした場合に違約金の支払いが必要と定めることも可能です。ただし、客観的に見て合理的な金額でなければ、無効とされる可能性があります。
在職中の競業避止義務違反に対しては、就業規則に対する違反として懲戒処分をおこなうことが可能です。なお懲戒処分をおこなう場合も、就業規則で内容や条件などを定めておく必要があります。
軽微な内容の場合は注意指導をおこない、それでも改善しない場合は懲戒処分を実施します。始末書の提出を伴う※厳重注意である訓告や譴責(けんせき)、退職を勧告し、退職届を提出させたうえで解雇する諭旨解雇、懲戒解雇などをおこないます。
始末書の提出の必要性は企業によって異なります。
退職届の決まったフォーマットがない場合は、こちらの無料テンプレートをご活用ください。
競業避止義務違反の行為をやめさせる際は、競業避止義務違反行為の差し止めを求めます。相手が応じない場合は競業行為の差止請求訴訟を提起が必要です。しかし、初回の裁判までに1カ月以上かかるうえに、判決が出るまでには1年程度かかることも珍しくありません。
そのため、必要に応じて、差止訴訟に加えて競業避止義務違反行為の差止の仮処分を申し立てましょう。
差し止めをしなければ看過できない損害が発生することが見込まれる場合に、競業避止義務違反の行為を差し止めできる手続きです。1カ月程度で結論が出るため、著しい損害を受けることを未然に防止できるでしょう。
競業避止義務は、企業の知識やノウハウ、顧客などの流出を防ぎ、利益を守るために従業員に課す義務です。内容によっては無効とされる可能性があるため、対象者や範囲、期間などは客観的に見て合理的かどうかを考えながら慎重に決めましょう。
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