懲戒解雇の条件
懲戒解雇とは、労働者が重大な問題を起こした場合に行われる解雇のことです。もっとも重い懲戒処分のひとつとして知られていますが、労働者何をしたら懲戒解雇となるのでしょうか。
また企業側としても訴訟や労働審判や調停などの労働トラブルに発展する恐れがあるため、懲戒解雇を実施する場合は労働基準法の観点や判例を参考にしながら、適切に実施しなければなりません。
この記事では、懲戒解雇を言い渡されたらどうなるのか、懲戒解雇となる条件・理由、懲戒解雇後に退職金は出るのかまで解説します。
目次
懲戒解雇とは企業が定めた就業規則に基づく懲戒処分のひとつであり、従業員に即時解雇を命ずるもっとも重い処分です。公務員の場合には「懲戒免職」と呼びます。
懲戒解雇を受けると、離職票に「重責解雇」と記載されてしまう場合もあるため、その後の転職や再就職で不利になりやすいでしょう。ただし、懲戒解雇は従業員が横領や反社会的行為などの企業または社会に甚大な悪影響を与えない限り、おこなわれません。
企業は労働者に対して、懲戒処分を行うことができる「懲戒権」を有しています。
労働者の企業の秩序を乱す行為(企業秩序違反行為)に対して、制裁を課すことができる権利を指します。懲戒権は企業の権利であり、労働者は有していません。
労働者は企業と労働契約を結び、対等な立場に置かれています。対して労働者を雇用する企業は、会社全体の秩序を安定させ、円滑に会社を運営していく権利(企業秩序定立権)を有しています。労働者は、企業と労働契約を結ぶことで企業の秩序を遵守する義務(企業秩序遵守義務)が課されます。
労働者 | 企業の秩序を遵守する義務がある |
---|---|
企業 | 会社全体の秩序を安定させ、円滑に会社を運営していく権利がある |
そのため企業内の秩序を維持する権利を持っている企業には、懲戒権が与えられています。万が一、秩序遵守義務を果たすことができなかった労働者がいた場合、企業は懲戒権を行使し懲戒処分をおこなうことが可能です。
懲戒処分の中でもっとも重い懲戒解雇を企業が下すためには、次の3つの条件を満たす必要があります。
懲戒解雇の条件
「懲戒解雇の根拠となる規定があること」とは、どういった場合に解雇される可能性があるのか、いかなる処分になるかについて、その理由(解雇事由)をしっかりと就業規則や雇用契約書に示していることを指します。
あらかじめ事由が示された上で、その事由に合致していなければ懲戒解雇を行うことはできません。
「懲戒理由に合理性があること」とは、1.の解雇理由に合致する事実の実証をおこなうことを指します。
というような真偽が定かではない状況では「合理性に欠けている」と判断され、懲戒権の濫用により懲戒解雇は認められません。
仮に1.と2.が認められたとしても、社会通念上、懲戒解雇が妥当であると認められる必要があります。
社会通念上、処分が重すぎると判断された際には懲戒解雇は無効となり、適正な手続きに基づいて解雇がおこなわれていない場合も、社会通念上の相当性がないと判断されてしまいます。
また解雇となる従業員に弁明の機会が与えられていない場合も、手続きが適正でないと判断されます。
懲戒解雇を実施する際には、以下の手順を踏むことが一般的です。
懲戒解雇を実施する流れ
まず従業員の違反行為が発覚したら、公正な処分をおこなうためにも、事実確認をしなければなりません。調査を通じて証拠を収集し、違反行為の有無を確認します。なお事実確認に関しては、労働基準法第89条に基づき、就業規則に規定された懲戒処分の基準に従って判断します。
処分の適用可否の判断も、就業規則に定められている懲戒処分の基準に基づいておこないます。その後、該当の従業員に弁明の機会を与えることが、公正な手続きの一環として重要です。従業員に弁明の機会を与えない場合、懲戒処分が無効となる可能性があるので注意をしましょう。
従業員の弁明を考慮した上で、懲戒解雇の実施を決定します。決定時には先述した3つの条件を満たしているのか、改めて確認しましょう。決定後は解雇の理由や解雇日などが明記された懲戒解雇通知書を作成し、従業員に交付します。
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労働基準法第20条により、懲戒解雇の場合も原則として30日前に予告するか、予告しない場合は30日分の平均賃金を支払う必要があります。ただし、即時解雇が認められる懲戒事由に該当する場合など、例外的に解雇予告が不要となることがあるケースも存在するため、事前によく確認しましょう。
なお懲戒解雇通知書を交付した後から解雇までは、給与の清算や退職手続き、貸与物の返却など正式な手続きを経て解雇を実施しなければなりません。
業務運営上の必要性から、関連部署や取引先への通知をおこないます。企業は、懲戒解雇後のトラブルを防ぐために、再発防止策の実施などをおこないましょう。
懲戒解雇に伴い、労務担当者は退職金の取り扱いにも注意しなければなりません。
「諭旨解雇は、自己都合での退職となるから退職金が出る」「懲戒解雇は、自己都合とならないため退職金が出ないもしくは減額される」といったイメージを持っている方は多いのではないでしょうか?企業の就業規則では、諭旨解雇と懲戒解雇では退職金に差を設けていることが一般的です。しかし、解雇と退職金支給の有無は直結していません。
ただし、懲戒解雇に伴う退職金の不支給は法律違反ではないため、退職金不支給の旨を就業規則に記載しても問題ありません。一方で、退職金には功労報奨的な性格や生活保障的な意義があるため、懲戒解雇を理由に長年の労を報いる性質の退職金を支給しないことには、問題があると考える識者も存在します。
過去には、懲戒解雇した従業員が退職金の支給を求めて裁判を起こした際、懲戒解雇の事由や内容を個別に判断しているため、退職金を支払うよう命じられたケースもあります。
また、懲戒解雇と退職金の支給は別問題であるため「退職金を支払いたくないために懲戒解雇にする」という行為は認められません。ただし、労働者がこれまでの評価をすべて抹消してしまうほどの著しい不信行為があった場合には、退職金不支給の措置が認められます。
懲戒解雇は、懲戒処分の中でもっとも重い処分です。下記の図や表のとおり、懲戒処分には懲戒解雇以外にもさまざまな処分があり、労働者が起こした問題のレベルに応じて適切に処理されます。
懲戒処分 | 内容 |
戒告 | 企業により異なりますが、戒告は口頭での注意でもっとも軽い処分のひとつです。 |
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けん責 | けん責は労働者に始末書の提出を求めることで、前述の戒告と同じく企業により異なりますがもっとも軽い処分のひとつです。 |
減給 | 働いているにもかかわらず、その分の給料がもらえないのが減給です。例えば、時給1,000円で1日8時間働くアルバイトが2時間遅刻したことにより、その日の給料が6,000円になるというのは減給にはあたりません。しかし、減給の額は法律によって定められています。 |
出勤停止 | 労働者に会社への出勤をさせない処分を言います。基本的に出勤停止期間中の給料は支払われません。 |
降格 | 階級が下がる処分を言います。降格といっても人事上の理由によるものも考えられ、客観的に判断しないといけません。 |
諭旨解雇 | 企業側から労働者に対して「辞めてくれませんか?」と退職を勧告することを言います。企業側からお願いしている状況ではあっても、最終的に退職する際は自己都合による退職という形をとるので、退職金が支払われるのが一般的です。 |
懲戒解雇 | 会社側から労働者を即時に解雇する処分です。 |
懲戒解雇とは企業が定めた就業規則に基づく懲戒処分のひとつであり、従業員に解雇を命ずるもっとも重い処分です。懲戒処分には、懲戒解雇以外に問題のレベルにあった処分があり、企業は労働者が起こした問題に応じて適切に処理する必要があります。また懲戒解雇を下すには、以下の条件を満たすことが必要です。
懲戒解雇に伴う退職金については企業の就業規則で、諭旨解雇と懲戒解雇では退職金に差を設けていることが一般的でしょう。
1982年生まれ、東京都豊島区出身
2016年:社会保険労務士開業登録
2018年:特定社会保険労務士付記
2019年:行政書士登録
ワイエス行政書士・社会保険労務士事務所の特定社会保険労務士
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