やりがい搾取とは、企業が労働者の「やりがい」を悪用し、不当に低賃金や長時間労働を強いる行為全般を指します。やりがいは企業・個人の成長に欠かせない要素であり、社員の定着率向上や競争力の強化につながります。
一方で、やりがいを全面的に打ちだすことは、労働災害に発展し、企業価値そのものを低下させてしまう危険性が生じます。今回はやりがい搾取の定義や背景、業務事例からやりがい搾取の防止策を中心にまでご紹介します。
ワイエス社会保険労務士事務所 特定社会保険労務士
https://www.ys-sr-office.com/
1982年生まれ東京都豊島区出身
2010年行政書士試験合格
2010年社会保険労務士試験合格
2010年宅地建物取引主任者(現・宅建士)試験合格
2016年社会保険労務士開業登録
2018年特定社会保険労務士付記
2019年行政書士登録
目次
やりがいは企業・個人の成長や人事施策・制度策定で重要な要素として認識されています。一方で、従業員が無意識のうちに働き続ける、ワーカーホリックになる、ハラスメントの原因となるなど労働災害に発展することがあります。
やりがいとは、従事する仕事や業務を心から楽しめる気持ちや充実感、達成感、またはその理由を指します。
業務を通じて、賃金や賞与以外に得られる形のない報酬と考えられ、仕事へのモチベーションの向上や継続力につながる重要な要素です。社員個人の成長を促し、企業の競争力を高める効果があるため、人材育成や自己実現にも活用されています。
やりがい搾取とは、労働者の「やりがい」を利用して、雇用主が従業員に不当な長時間労働・低賃金で業務を強いて、利益を搾取する行為です。「やりがい搾取」は、東京大学大学院教育学研究科教授・社会学者である本田由紀氏が2007年前後に定義した労働搾取構造を意味します。
「ブラック企業」や「名ばかり管理職」などと同じく、労働者の権利を侵害するキーワードとして注目が集まり、官民共同での抜本的改革が求められています。
やりがい搾取に陥りやすい業界は、営業時間が長く、サービスを提供する業務や下積みが必要とされる業種に多く、若者を中心とした人材が多く集まる業界に多い傾向がみられます。
また、人と接する業種や成果主義の色合いが強い業種、雇用形態で個人事業主(フリーランス)が多い業界もやりがい搾取に陥りやすいといえます。
やりがいを全面的に押し出す会社は労働環境の整備・勤怠管理などの努力を怠り、残業代を支払わない長時間労働の強要や不当な解雇を繰り返しているため、労働力の使い捨てが横行しています。
■やりがい搾取に陥りやすい業界
やりがいとは、本来、個人によって感じ方が異なり、企業が一概に定義できる価値観ではありません。そのため、以下の理由によりやりがい搾取が起きていると考えられます。
バブル崩壊以降、経営の不確実性が増し、企業のなかには人件費をカットすることで、利益を上げようとする企業が増えています。「自分の才能や能力を発揮したい」と願う若年労働者を「安い労働力」として悪用するブラック企業が横行し、低賃金・長時間労働を強いる傾向が強くなったことが原因と考えられます。
従来のやりがいとは、「たとえ単調な仕事であっても、自分なりのコツや新たな発見を見出し、仕事への面白さ(やりがい)や理解につながる」という感情と考えられていました。
しかし、IT技術の発展やインターネットの普及に伴い、単調な仕事は効率化され、結果に直結しやすい業務に集中することが可能です。このような社会環境の変化を敏感に感じる若年労働者と、旧来のビジネス体制を敷く企業には、やりがいへの価値観が大きく異なる可能性があります。
企業理念やミッション(地域貢献やお客様第一主義など)を口実に、直接利益に直結しない業務に従事させることは社員教育や研修では一定の効果が見込めますが、仕事に対するモチベーション向上や継続力の強化には効果があるかどうかは疑問が残ります。
やりがい搾取は、従業員の健康被害や離職率の増加だけでなく、企業価値低下や採用コストの増加といったデメリットをもたらします。やりがい搾取の判断基準とやりがい搾取の事例を理解し、あるべき労働環境を知ることが大切です。
やりがい搾取には、いくつかの共通点が存在するため、業務依頼や労務管理を行う前に未然に防ぐことが可能です。
不参加によって、従業員に不利益が生じる会社側にのみ利益がある、また従業員に金銭的な対価が支払われない業務や行為、労働ではありません。そのため、上記のいずれかの条件に該当する業務依頼はやりがい搾取の可能性が高く、注意が必要です。
やりがい搾取の業務事例には、以下のケースが考えられます。
ボランティアやインターンは実際に働く前に業務内容を体験し、業務への適性ややりがいを知る貴重な機会でもあります。しかし、適性の判断や業務体験の度を越した労働や拘束はやりがい搾取となります。
やりがいの感じ方が個人により異なる以上、企業側は業務依頼や指導・教育を行う場合、十分な配慮をし、有効な対策を立てなければいけません。
現在の日本では多種多様な価値観が存在し、働き方にもさまざまな考え方を持つ人がいます。そのため、経営者や上司をはじめ、世代間には価値観にギャップがあると認識することが大切です。やりがい搾取にならないためにも、以下のポイントに気をつけましょう。
やりがいは労働者の主観で決まるものであり、企業や上司から提示するものではありません。そのため、多種多様な価値観を認め、適切なモチベーションコントロールや従業員エンゲージメントを高めるための意識改革が効果的です。
やりがい搾取は残業代の未払いや長時間労働に直結しやすく、適切な労務管理を行っていれば、現場でのやりがい搾取を未然に防げます。
退勤記録と入退館記録の差を確認する、離職・欠勤が多い部署の特定、定期的な人事面談を通して、適切なアプローチを行うことが大切です。
やりがい搾取は年齢が高い管理職と若年労働者との間で起こりやすく、上司・部下という関係上、現場社員から提起がしにくい問題でもあります。
そのため、人事や総務が対応する相談窓口を設置し、受け皿を用意しておくことも大切です。
また、経営者の権力が強く、組織ぐるみでやりがい搾取に陥りやすい場合、公的機関や外部会社に窓口機能を移し、社員に周知しておくことが効果的です。
企業が労働者一人ひとりの価値観を尊重し、労働環境・労働条件の整備や適切な指導・教育する体制を構築してはじめて、従業員は自発的にやりがいを見出せます。
そのため、企業は従業員一人ひとりをフォロー、バックアップする立場であると認識することが大切です。