この記事でわかること
- 2022年と2023年の雇用保険料率の引き上げについて
- 雇用保険料率の計算方法
この記事でわかること
雇用保険の被保険者が支払う雇用保険料は「賃金」と「雇用保険料率」を掛けて決まります。
雇用保険料率は毎年4月1日から改定されることが一般的ですが、2022年は例外的に4月と10月に段階的に雇用保険料率の引き上げが実施されました。
そして2023年4月1日からも、雇用保険料率の引き上げがおこなわれています。今回はそんな雇用保険料率に引き上げについて、引き上げの背景や理由、2023年現在の雇用保険料率、雇用保険料の計算方法などについて解説します。
目次
雇用保険とは、労働者の生活および雇用の安定と就職の促進のために、失業された方や教育訓練を受けられる方等に対して、
などをはかる保険制度です。労働者を1人でも雇用する事業(適用事業所)、および適用事業に雇用され加入条件を満たす全すべての労働者は、原則として強制的に雇用保険に加入しなければいけません。
そして雇用保険に加入する者は、雇用保険の掛け金である「雇用保険料」を支払います。雇用保険料は事業主(会社)と労働者の双方が負担をし、労働者側は給与から天引きされる形で納付します。
雇用保険は従業員に対する経済的支援を目的とした保険制度です。そのため会社の社長や個人事業主などが加入することはありません。企業の従業員でも以下の条件を満たしていない場合は、雇用保険の適用外となり加入できないため注意しましょう。
雇用保険は社会保険のひとつであるため、サラリーマンなどのような会社勤めでないと加入できない印象がありますが、上記を満たしている方は雇用形態にかかわらず(契約社員やパートタイム・アルバイトなど)加入が義務づけられます。
アルバイトの雇用保険については以下の記事を参考にしてみてください。
雇用保険と労災保険は、総じて「労働保険」と呼ばれており似ている公的制度です。主な違いは保障対象や保険料負担者です。
労災保険は業務中および通勤中に負傷した場合や、病気になってしまった際に給付金は受け取れる保険制度です。
また、雇用保険の保険料負担は事業者と従業員であるのに対して、労災保険料は全額事業者の負担となります。
雇用保険料を算出するために用いる割合が「雇用保険料率」です。労働者に支払う賃金と雇用保険料率を掛けて、雇用保険料を計算します。なお雇用保険料率は、事業主側が高く設定されています。
適用される雇用保険料率は、事業所の事業内容に応じて3パターンに分けられます。さらに「失業等給付・育児休業給付の保険料率」や「雇用保険二事業の保険料率」で保険料率が異なります。以下厚生労働省のお知らせ資料を参考にしてみましょう。
業種によって保険料率が異なるのは以下のような理由があります。
雇用保険料率の高い業種は、たとえば通年で繁盛するようなものでないという理由から継続して就労する人が少ないなど、不安定な業種である場合がほとんどです。
不安定な業界などは失業率も高く、失業手当を利用する可能性も高いです。その他の手当を受ける確率が高いという業種は雇用保険料率が高く設定されています。
また、建築業界など助成金が豊富に用意されている場合にも同じような理由から雇用保険料率が高く設定されており、全業種の就労者とのバランスが保たれています。
解説した雇用保険料率は、資料にもあるとおり約1年間の期間で適用されており、実は毎年見直しがおこなわれ新しい保険料が決定しています。そして実際に雇用保険料の計算をする際は、決まった保険料率を賃金と掛け算して算出します。
雇用保険料の計算は「賃金 × 雇用保険料率」で算出しますが、実はこの「賃金」は毎月支払われる給与だけではありません。
ここでは雇用保険料の計算時に、対象となる賃金と対象外となる賃金について紹介します。担当者の方は雇用保険料の計算にも必要な内容であるため、必ず確認しておきましょう。まずは対象となる賃金について紹介します。
在宅勤務手当のうち業務の遂行に必要な費用の実費弁償に当たることが明らかである部分は含まれません。
続いては雇用保険料の対象とならない賃金を見ていきましょう。
雇用保険料の計算対象となる賃金には、通勤手当や残業手当などが含まれますが、出張手当など例外的な手当は含みません。また、賞与が発生している場合は、給与分とは別で計算する必要があることも覚えておきましょう。
雇用保険料率は毎年見直しがおこなわれており、保険料率が引き上げられています。昨年度(2022年)から本年度(2023年)にかけてどのような引き上げがおこなわれたのかを解説します。
雇用保険料率は毎年4月に改定されます。そのたびに給与計算の担当者は、雇用保険料の計算を見直す必要があるでしょう。
2022年3月には国会で「雇用保険法等の一部を改正する法律案」が成立し、同年4月から第1段階の引き上げ、同年10月から第2段階の引き上げが実施されました。引き上げの背景は、雇用調整助成金の大規模支出によるものだと言われています。
そして今年(2023年)の4月1日からも、雇用保険料率のさらなる引き上げがおこなわれています。2022年10月からの雇用保険料率の引き上げの推移は、以下のとおりです。
引き上げ前
この保険料率は2022年10月から2023年3月まで適用されていました。
引き上げ後
こちらは2023年4月から2024年3月までの適用となります。
2023年現在では上記の雇用保険料率「1.55%(一般事業種の場合)」が適用されているため、雇用保険料の計算をおこなう際は上記を参考に算出しましょう。
では、2023年4月1日から雇用保険料率はほかにもどのように変わったのでしょうか。以下に、今回の引き上げのポイントをまとめてみました。詳しい雇用保険料率については、後述します。
雇用保険料率で区分されるもののうち、労働者負担と事業所負担で共通しているものに「失業等給付・育児休業給付の保険料率」があります。2023年の引き上げではこの料率が労働者・事業所負担ともに0.1%引き上げられました。
事業者負担の方で区分されている「雇用保険二事業の保険料率」については、2022年と同様の保険料率です。
雇用保険料率が引き上げられる背景・理由は、主に以下の2点が挙げられます。
雇用調整助成金とは、休業する従業員に対する手当を支払う際に利用できる助成金です。雇用調整助成金は新型コロナウイルス蔓延の影響で、2020年より助成率と上限額を引き上げる措置が設けられています。
新型コロナウイルスによる休業を余儀なくされた企業は数多く、雇用調整助成金の申請数も増加し続けた結果、2021年12月時点で支給総額が5兆円を超え、雇用保険財政が急激に悪化しました。政府は、財政状況改善のため雇用保険料率の引き上げをおこなったこととなります。
失業手当に関しても、新型コロナウイルスの影響で失業者が増加したことで支給数が増えており、財政悪化から雇用保険料率引き上げによる財源確保が求められています。
先ほど紹介した雇用保険料率の引き上げについて、実際の%推移をもう少し詳細に比較して解説します。
雇用保険料率は、事業所の業種によって異なります。2023年現在適用されている業種ごとの雇用保険料率は、以下のとおりです。
業種 | (1)労働者負担 | (2)事業主負担 | (1)+(2)の雇用保険料率 |
---|---|---|---|
一般事業 | 0.6% | 0.95% | 1.55% |
農林水産・清酒製造の事業 | 0.7% | 1.05% | 1.75% |
建設事業 | 0.7% | 1.15% | 1.85% |
なお事業主負担の雇用保険料率は、
に分けられます。各業種の事業主負担の保険料率は、以下のとおりです。
業種 | (1)失業等給付・育児給付 の保険料率 |
(2)雇用保険二事業の保険料率 | (1)+(2)の 事業主負担 |
---|---|---|---|
一般事業 | 0.6% | 0.35% | 0.95% |
農林水産・ 清酒製造の事業 |
0.7% | 0.35% | 1.05% |
建設事業 | 0.7% | 0.45% | 1.15% |
上記の雇用保険料率が2023年現在に適用されている料率です。2024年にはまた更新されるため、保険料の申告・納付の担当者は必ず厚生労働省のお知らせなどを確認しておきましょう。
ここからは2022年の雇用保険料率の推移を見ていきます。
前述のとおり2022年には、段階的に雇用保険料率の引き上げが実施されました。2022年4月から9月と2022年10月から2023年3月で、どのように推移していったかは下記の表を参考にしてください。
業種 | (1)労働者負担 | (2)事業主負担 | (1)+(2)の 雇用保険料率 |
---|---|---|---|
一般事業 | 0.3% | 0.65% | 0.95% |
農林水産・ 清酒製造の事業 |
0.4% | 0.75% | 1.15% |
建設事業 | 0.4% | 0.85% | 1.25% |
事業主負担については、以下のとおりです。
業種 | (1)失業等給付 の保険料率 |
(2)雇用保険二事業の保険料率 | (1)+(2)の 事業主負担 |
---|---|---|---|
一般事業 | 0.3% | 0.35% | 0.65% |
農林水産・ 清酒製造の事業 |
0.4% | 0.35% | 0.75% |
建設事業 | 0.4% | 0.45% | 0.85% |
振り返ってみれば2022年度上半期から2023年は大きく引き上げられていることが分かります。労働者負担については2倍の雇用保険料率になっていることも表より見受けられます。
続いては2022年後半から2023年前半までの雇用保険料率を見てみましょう。
業種 | (1)労働者負担 | (2)事業主負担 | (1)+(2)の 雇用保険料率 |
---|---|---|---|
一般事業 | 0.5% | 0.85% | 1.35% |
農林水産・ 清酒製造の事業 |
0.6% | 0.95% | 1.55% |
建設事業 | 0.6% | 1.05% | 1.65% |
事業主負担については、以下のとおりです。
業種 | (1)失業等給付 の保険料率 |
(2)雇用保険二事業の保険料率 | (1)+(2)の 事業主負担 |
---|---|---|---|
一般事業 | 0.5% | 0.35% | 0.85% |
農林水産・ 清酒製造の事業 |
0.6% | 0.35% | 0.95% |
建設事業 | 0.6% | 0.45% | 1.05% |
この時の雇用保険料率の推移をみてみると、2023年現在に引き上げられた時よりも大きく引き上がっていることが分かります。
雇用保険料率の引き上げによる影響は、保険料率が高い事業主側だけではありません。従業員側にも影響が出る可能性があります。
雇用保険料率引き上げが企業側に与える影響は、主に以下の2点です。
雇用保険料は事業者側と従業員側で折半して負担します。そのため、雇用保険料率が引き上げられれば、当然企業が支払う雇用保険料も増えます。
2023年4月1日から企業が支払う雇用保険料は月々1,900円です。2023年3月31日までの雇用保険料は月々700円だったため、1,200円の増額となります。
1名あたりの金額は少なくとも、多くの従業員を雇っていればそれだけ支払う保険料負担も大きくなります。今後も雇用保険料が増加する可能性もあるため、企業の経営に大きな影響を与えるでしょう。
また、企業は支払う雇用保険料を下げるため、雇用保険に加入しなければならない正規雇用の労働者を減らさざるを得ない可能性もあります。企業側にも大きな影響をおよぼしますが、従業員側も思わぬ対処を受ける可能性があります。
雇用保険料率引き上げが従業員に与える影響は、主に以下の2点です。
企業側と同様、正規雇用の従業員も雇用保険の加入義務があるため、支払う雇用保険料が増額します。雇用保険の加入対象者について詳しく知りたい方は「雇用保険の加入条件は?」の記事を参考にしてください。
雇用保険料の支払いが増えれば、それだけ手元に残る収入は少なくなるでしょう。雇用保険料率がこのまま上昇すれば、家計のやりくりもこれまで以上に厳しいものとなります。
雇用保険料の計算方法は、先述しているように「賃金総額 × 雇用保険料率(業種にあったものを適用)」で算出します。
厚生労働省の公式Webサイトにある2023年度(期間は2023年4月1日〜2024年3月31日まで)の雇用保険料率を参考に以下の会社員例で計算をしてみましょう。
一般事業種の雇用保険料率は1.55%であるため、計算式で算出すると「400万円 × 1.55% =62,000円」が雇用保険料の総額です。そして、事業主が負担する保険料は「400万円 × 0.95% = 38,000円」となり、従業員が負担する保険料は「400万円 × 0.6% = 24,000円」となります。
上記の計算で使われる「賃金総額」は、税金や社会保険料などが控除される前の金額になります。
雇用保険料の計算について、覚えておきたい注意点があるため解説します。
給与だけでなく、賞与にも雇用保険料が発生します。賞与にかける雇用保険料率は毎月の給与と同じです。しかし、雇用保険料の計算は給与と賞与それぞれでおこなわなければならないため、賞与が発生する月は注意しましょう。
雇用保険料は「賃金総額×雇用保険料率」で求めます。その際に端数が出てしまうことがあるでしょう。1円未満の端数が生じた際の取り扱いについては、下記のとおり端数処理をおこないます。
端数処理とは算出した賃金総額は千円未満を切り捨てる、保険料は1円未満を切り捨てる処理を指します。
50銭以下 | 50銭1厘以上 | |
---|---|---|
被保険者負担分を賃金から源泉控除する場合 | 切り捨て | 切り上げ |
50銭未満 | 50銭以上 | |
被保険者負担分を被保険者が事業主へ現金で払う場合 | 切り捨て | 切り上げ |
ただし、慣習的な取り扱いなどの特約がある場合はそれに応じた処理が可能です。
端数処理は、雇用保険料の徴収方法によって異なる点に注意をしましょう。
雇用保険は強制保険制度であり、労働者を雇用する事業(会社)および要件を満たす労働者には雇用保険の加入義務が発生します。基本雇用保険料率は毎年4月に改定されるため、年度更新のタイミングで確認しましょう。
給与計算の担当者は、雇用保険料率の改定後に雇用保険料の計算方法を見直す必要があるため、注意が必要です。
社会保険労務士の中でも、10%に満たないと言われる助成金を専門に手掛ける特定社会保険労務士/ワークスタイルコーディネーター。なんば社会保険労務士事務所の所長。
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