労務管理とは、従業員の給与や勤怠、福利厚生などに関する管理全般を指し、企業において欠かせない業務のひとつです。また、近年の「働き方改革」の推進によって、労務管理の役割は更に重要視されるようになりました。
今回は、労務管理の基本業務や気を付けるべきポイント、今後の対策について解説します。
なんば社会保険労務士事務所 特定社会保険労務士
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ワークスタイルコーディネーター。社会保険労務士
社会保険労務士の中でも10%に満たないと言われる助成金を専門に手掛けるの社会保険労務士。
目次
労務管理は、人事管理領域の業務に含まれます。人事管理領域である人事管理と混合されがちですが、両者の業務内容は異なります。人事管理は「従業員」に関する業務全般であり、一方の労務管理は、従業員の「労働」に関する業務を指します。
労務管理と人事管理の違い | |
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労務管理 | 人事管理 |
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労務管理の基本業務は、年間スケジュールに従って、進めていきます。
【労務管理の基本業務年間スケジュール】
上記の年間スケジュールのなかでも最も重要な業務について、それぞれの概要を説明します。
雇用契約書の作成は、新卒新入社および契約社員の雇用時と契約社員の労働契約更改時期に行います。新入社員の雇用は4月が一般的ですが、企業によっては3月や9月に行う場合もあります。また、近年では転職市場の活況や転職志向が高い労働者が増えているため、中途採用を積極的に推進している企業は年間スケジュールに関係なく、入社が発生するタイミングでの雇用契約書の作成を行わなければなりません。
雇用契約書とは、企業と従業員が労働条件について合意した内容を記載した書面です。原則、労働条件は労働基準法によって労働契約締結時に書面(またはファクシミリ、メール等)で明示しなければならないと定められています雇用契約書に記載すべき事項は、次のとおりです。
雇用契約書の記載事項 |
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など |
【参考】厚生労働省 労働契約(契約の締結、労働条件の変更、解雇等)
法定三帳簿とは、企業が作成・保存が義務付けられている「労働者名簿」、「賃金台帳」、「出勤簿」の三つの帳簿を指します。いずれも法令で記載項目と保存期間が定められているので注意が必要です。
【法定三帳簿の種類と内容】
帳簿の名称 | 記載項目 | 保存 期間 |
起算日 |
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労働者名簿 | 氏名、生年月日、履歴、性別、住所、従事する業務の種類、雇入年月日、退職や死亡年月日、その事由や原因 | 3年 | 退職・解雇・死亡の日 |
賃金台帳※ | 氏名、性別、賃金の計算期間、労働日数、労働時間数、時間外労働時間数、深夜労働時間数、休日労働時間数、基本給や手当等の種類と額、控除項目と額 | 3年 | 最後の賃金について記入した日 |
出勤簿 | 出勤簿やタイムレコーダー等の記録、使用者が自ら始業・終業時刻を記録した書類、残業命令書およびその報告書、労働者が記録した労働時間報告書等 | 3年 | 最後の出勤日 |
賃金計算の基礎となる事項、賃金の額
【参考】厚生労働省 労働者を雇用したら帳簿などを整えましょう
常時10人以上の従業員を使用する企業は、労働基準法の規定により就業規則の作成と所轄の労働基準監督署長への届出義務が発生します。就業規則を変更する場合も、同様に届け出なければなりません。就業規則の変更は、法改正が行われることの多い4月に実施する場合が多いといえます。常時10人以上の労働者を使用するに至った場合は遅滞なく届け出る必要があります。(労働基準法施行規則49条)
就業規則に記載すべき内容には、「絶対的必要記載事項」と「相対的必要記載事項」があります。絶対的必要記載事項は必ず記載しなければならない事項で、相対的必要記載事項は、会社で定めている事項があれば記載しなければなりません。それぞれ、記載漏れのないように、しっかりと確認しておきましょう。
4月の基本業務には、新入社員の社会保険・雇用保険の加入手続きもあります。社会保険(厚生年金保険、健康保険)は所轄の年金事務所および企業が加入している健康保険組合、雇用保険は所轄のハローワークで資格取得手続きを行います。
同様に中途入社が発生した場合も、その都度、加入手続きが必要です。
【資格取得届の提出方法】
内容 | 提出時期 | 提出先 | 提出書類 |
---|---|---|---|
厚生年金保険 | 事実発生から5日以内 | 所轄の 年金事務所 |
厚生年金保険被保険者資格取得届 添付書類は原則必要なし |
健康保険 | 事実発生から5日以内 | 企業が加入する健康保険組合 | 健康保険被保険者資格取得届 添付書類は原則必要なし |
雇用保険 | 被保険者となった日の属する月の翌月10日まで | 所轄の ハローワーク |
雇用保険被保険者資格取得届 |
【参考】厚生労働省 手続き一覧票
【参考】日本年金機構 シーン別手続き案内
勤怠管理とは、従業員の日々の勤務実績を管理する業務です。勤怠管理には始業・終業時刻、時間外労働時間数、深夜労働時間数、休日労働時間数、年次有給休暇などの付与・使用日数、遅刻・早退・欠勤などの記録が含まれます。
労務管理業務のひとつである「安全衛生管理」は、労働安全衛生法により、事業場における安全衛生を確保するための措置や、従業員の健康の保持増進を図るための対策(健康管理)を講じることが義務付けられています。
従業員の健康管理は、年一回実施の定期健康診断やメンタルヘルスチェックなどが対象となります。また、常時50人以上の従業員を雇用している企業に対しては、所轄の労働基準監督署長への定期健康診断結果の届出、安全衛生管理体制(産業医の選任、衛生管理者の選任など)の整備が義務となります。
労働施策総合推進法の改正により、2020年4月から「パワーハラスメント対策」が法制化され、必要な措置を講じることが事業主の義務となります。
このパワーハラスメント対策の法制化に伴い、セクシュアルハラスメントなどの防止対策も強化され、職場におけるハラスメント防止のために、必要な措置を講じなければ是正指導の対象となるため、注意が必要です。ハラスメント対策は、労務管理の業務対象になります。是正指導を受けないように十分な対応を検討しておきましょう。
【参考】職場におけるハラスメントの防止のために(セクシュアルハラスメント/妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント/パワーハラスメント)│厚生労働省
労務管理における退職手続きは、社会保険・雇用保険の脱退手続き、労働者名簿の更新、退職手当の支給などが対象となります。
社会保険は退職日から5日以内、雇用保険は退職日の翌日から10日以内に、加入手続きと同様に所轄の年金事務所および健康保険組合、ハローワークへ資格喪失届を提出します。ハローワークから発行される「離職票」は、退職した従業員へ送付しなければなりません。資格喪失手続きが遅れると離職票の発行も遅くなってしまうため、届出漏れがないように気を付けておきたいポイントです。
退職手当の規定がある企業は、就業規則で定められている方法で退職した従業員へ退職金を支給します。従業員の退職後も書類のやり取りで連絡を取り合うことがあるため、連絡先の確認は忘れずにしておきましょう。
休職手続きには、育児のための育児休業、ケガや病気などの傷病休職、介護を理由とした介護休職などがあります。休職に伴い、社会保険・雇用保険の保険料手続き(休業期間中は給与が支給されないため、保険料がからないため)や育児休業給付金・介護休業給付金といった保険給付の申請、傷病手当金の請求などが必要になります。
異動手続きについては、転居を伴う転勤の場合は住所変更、給与支給額が大幅に変更になる場合には社会保険料の報酬月額変更届を提出する必要があります。
労務管理の基本業務について解説してきましたが、今後の労務管理についてはどのように対策すべきかご紹介します。
「働き方改革」の施行によって、多くの企業において、これまでの働き方を見直す動きが広がっています。従業員にとって働きやすい職場環境の改善を行うことは、モチベーションの維持や職場の活性化、健康障害の防止につながります。
労務管理における職場環境の改善として、以下のポイントを押さえておきましょう。
不快と感じることがないよう、空気の汚れ、臭気、温度、湿度等の作業環境を適切に維持管理すること
心身の負担を軽減するため、相当の筋力を必要とする作業等について、作業方法を改善すること
疲労やストレスを効果的に癒すことのできる休憩室等を設置・整備すること
洗面所、トイレ等職場生活で必要となる施設等を清潔で使いやすい状態にしておくこと
これらの措置を行う際には必ず労働者視点を考慮するように注意しましょう。実際に仕事をする労働者が快適な環境と感じなければ、意味がありません。労働者視点の意見を取り入れるには、アンケートや面談での聞き取り調査の実施などが有効です。
労務管理の多くは、法令が密接に関連する業務となります。そのため、手続きに不備や漏れがあれば法令違反となってしまうことがあります。法令違反にならないためにも、ひとつひとつの業務に対してミスが無いように細心の注意を払うことが必要です。また、関係法令の改正や新たな制度には、常に情報収集をすることを心がけましょう。
労務管理業務は、管理台帳や帳簿など、日頃から膨大な従業員の情報を取り扱います。法令で保存期間が設定されている資料も少なくないため、情報管理には手間や時間、管理コストがかさんでしまいます。また、必要な情報がすぐに取り出せない、情報の紛失のリスクが高まる、属人的な対応になってしまうなどのデメリットも考えられます。
このような労務管理に関する問題を抱える企業には、クラウド型労務管理システムの導入をおすすめです。クラウド型労務管理システムは、さまざまな経営情報を収集・集約、業務の自動化・簡素化を実現するため、人的管理コストの削減や業務の効率化にもつながります。情報の一元管理も可能となり、必要な情報をすぐに引き出すことができます。
クラウド型労務管理システムをまだ利用していない企業は、どのような管理手法が自社の経営に有益か、社内で検討してみてはいかがでしょうか。